いつつめ
└三十五
あれから、私達はすぐに荷物をまとめて、明るくなり始めた道を歩いていた。
村の人たちが働きだすにはまだ早いのか、辺りはしんっと静まっている。
「…なんだか遣る瀬無い話でしたね」
ぽつりと呟いた私に、薬売りさんは小さく溜息を吐いた。
『…私はね、人間と怪、モノノ怪の共存は否定する気はないんですよ』
「え?」
静かな道に薬売りさんの下駄が砂を踏む音が響く。
『実際、何度か見てますからね。共に持ちつ持たれつで生活をしているのを』
「じゃあこの村の…」
私の問いかけに、彼は黙って首を振った。
『共存していると言っても、ある程度の線引きはするべきなんです。そして私が見てきた人々はそうしていた…モノノ怪の方もね』
「そう言えば…さっきもそう言ってましたね?」
『ええ…この村は互いに干渉しすぎです』
薬売りさんは吐き捨てるように言うと眉間の皺を一層深くした。
もしかしたら、もっといろいろヒサさんに言いたかったのかもしれない。
でも彼女が始めた事ではないのは、よくわかっているから…
(薬売りさんなりに我慢してたんだろうな)
憮然としている彼の横顔を覗き見つつ…
この釈然としない気持ちが自分だけでないのがわかって、ちょっとだけホッとしたり。
『その日の食事に困る人なんて山ほどいるんです。もちろん食べられるに越したことはないですけどね』
「確かに…そうですよね」
確かに子供の事や海に出ている男の人を考えると、人魚の契約は魅力的かもしれない。
ヒサさんの言っていたこともわからない訳じゃない。
「でも、この村と契約する前はどうしてたんでしょう?」
『何がです?』
「どうやって人魚は仲間を増やしていたんですかね」
こんな風に契約を交わした村が他にもあるのだろうか?
それとも、これは特例なのか…
『…私も詳しくはないですが。人魚は気紛れに丘に上がっては男を見つけていたとか…まぁあの容姿ですからね、捕り損なうことはなかったんでしょう』
「あー…なるほど…」
『とは言え、この村のように契約していることも十分あると思いますよ』
「え!?」
『程度は違うにしろ、一応需要と供給は成り立ってますからね』
…確かに。
じゃあ今まで何の気なしに立ち寄った町や、話をした人の中に人魚がいたのかも…?
『人魚に限らず、ですよ。言ったでしょう、共存している人達もいるんですよ』
「………」
薬売りさんは少し呆れたような笑いを浮かべる。
そして『それは結だってよくわかるでしょう?』と続けた。
(…そっか、契約なんかじゃなくても、私の周りにはいろんな人がいたじゃない)
白夜や弥勒君、やたさん…
それだけじゃない、それまでに出会ったのは"人"だけじゃない。
平和な日々にちょっとだけ気が抜けてたかもしれない。
でもやっぱり"契約"となると、ちょっと寒気がしてしまうのは、自分が今まで優しいモノノ怪や神様に恵まれていたからだろうか…
「…人魚って、何だか狡猾というか…ちょっと怖いですね」
私がぽつりと呟くと、薬売りさんは首を傾げながら私を見た。
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