いつつめ
└二十七
「それに」
奈津子さんは海を背に、私達の方へ向き直った。
真っ暗な海は、今にも彼女を飲み込みそうだ。
闇にぼんやりと浮かぶ奈津子さんの美しさが、妙に不気味で。
私の隣で薬売りさんも口を噤んでいた。
「私を見た和生さん…何て言ったと思う?」
問いかけながら奈津子さんがぎゅうっと拳を握る。
今まで余裕すら漂わせていた表情が歪んだ。
「"お前誰だ、八重をどこにやった!?"…ですって」
「……っ」
「酷いと思わない?私はこれまでずっと和生さんとの生活を夢見ていたのに…!八重姉ちゃんには優しくしてたのに!何で!?」
「ちょっと待って!奈津子さん…わからないんですか?」
奈津子さんは私を睨むように見上げた。
一瞬怯みそうになりながらも、私は彼女から目を逸らさなかった。
「和生さんと八重さんは愛し合ってたんです…だから和生さんは優しくて素敵な人だったんです」
「…何言ってるのよ、私だって」
「だから!あなたが望んだ"素敵な和生さん"は八重さんが居たからこそなんですよ?本当にわからないんですか?」
「ち、違う…違う!!」
「奈津子さん!」
ぽんっ
肩を叩かれてハッとした。
隣に立っていた薬売りさんが私を宥めるように小さく笑う。
『彼女に何を言っても無駄ですよ』
「な…っ!」
『だってそうでしょう?あなたのために結が胸を痛める謂れは無いんですよ』
奈津子さんは、こちらから見てもわかるくらいワナワナと震えていた。
薬売りさんはフンッと鼻で笑うと、嘲笑うかのように『それで?』と言う。
『それでも一緒に暮らしてたんですよね?和生さんと』
「…!」
『で?和生さんはあなたに夢中になったんですか?』
「……よ」
薬売りさんの質問に奈津子さんはギリギリと目を釣り上げる。
「彼は…彼は私に指一本触れてないわよ!」
『………』
「それどころか…私の存在自体、まだ認めてないわ!渚だってそうよ!いつもいつも私を睨むように見て!あの目で…八重姉ちゃんの目で私を蔑んでるのよ!」
(あ…あの時の…)
朝、渚ちゃんと和生さんの後を数歩遅れてついて行った奈津子さんの姿を思い出した。
あの状況が続いていたのなら、それはそれでとても不幸な事なのかも知れない。
でも、それでも…
「…そうよ…渚が邪魔なのよ…」
「え…」
奈津子さんは肩で息をしながら呟いた。
そして私の方へ両腕を伸ばす。
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