ひとつめ
└十一
― 三ノ幕 ―
瞼に柔らかな光を感じて、目を覚ました。
「んー……」
小鳥の囀りが耳に心地よくて、思わずもう一度眠ってしまいそうになる。
…が。
「っ!?」
突き刺さるような視線を感じて、閉じかけていた瞼をパカッと開いた。
もちろんその視線の主は。
『…二度寝する気ですか』
「く、薬売りさん…!」
布団に寝転んだままの私に、薬売りさんは冷ややかな眼差しを容赦なく降り注ぐ。
私は慌てて居住まいを正して起き上がった。
「お、おはようございます!早いですね…!」
『……眠れなかったんですよ』
「え?そうなんですか?」
『…………』
「???」
不機嫌を隠そうともしないまま彼は視線を横にずらす。
やっと頭が覚醒してきた私も、ハッとして自分の傍らに横たわる温もりに目をやった。
「…………」
『……はぁ…』
「…え、とこちゃ……なんで…!?」
『…その前に私に言うことは?』
薬売りさんの溜息を尻目に、私は何度も目をぱちくりさせた。
そこにいたのは、間違いなくとこちゃん。
とこちゃんなんだけど……
「…耳、生えてます??」
『……………』
まだすーすーと寝息を立てるとこちゃん。
しかし、その柔らかそうな髪の隙間から、ふたつのまぁるい耳がニョキッと生えていた。
「そ、それにこっちは…」
『…しっぽです』
そして子供らしく大の字になった足の間からは、ふさふさしたしっぽが。
「と、とこちゃん!?」
「…んんー…」
すっかり動転する私の声に気付いたのか、とこちゃんは小さな手で目をこすった。
「おねーちゃ…どうしたの?」
「ど、どうしたって言うか…」
起き上がったとこちゃんは不思議そうに私を見る。
でも状況が把握できていないのか、小さく欠伸をこぼした。
「あれ…ここ…??」
そしてまだ寝ぼけ眼のまま、きょろきょろと辺りを見回す。
「!!!!」
そして薬売りさんと目が合った瞬間、とこちゃんの小さな体はびくーっと飛び跳ねた。
同時に、ふさふさのしっぽがぶわわっと毛羽立つ。
『…おい』
「ひぃっ!!」
薬売りさんに声を掛けられると、とこちゃんは目に涙をいっぱいためて立ち上がる。
そしてあわあわしながら自分の体をぺたぺたと確認しだした。
「あ!!」
頭に耳の感触を覚えたのか、とこちゃんはサーッと青ざめる。
そして懐から葉っぱを出したかと思うと、くるりと宙返りした。
ぽんっ!!!
「あ!」
宙返りから着地したのは、今までのとこちゃんの姿ではなく…
「た、たぬき…!?」
小さな小さな子狸の姿だった。
子狸はチラッと私を見ると、まるで人間のようにぺこりと頭を下げる。
そして、次の瞬間には一目散に走って逃げてしまった。
「あ、とこちゃん!!」
外に続く廊下に慌てて出てみたものの、もうその姿は見えない。
庭先の茂みがカサカサと揺れているだけだった。
「とこちゃん…」
誰もいない朝の庭先に柔らかい風が吹く。
私は呆然としたまま佇んでいた。
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