ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └二十五



―そして三日後。

人魚岩には八重姉ちゃんの姿があった。



「……」


私はそっと海面に顔を出して、その様子を覗き見る。


…ぼんやりと月明かりに浮かぶ八重姉ちゃんは、全く変わらず綺麗で。

少しふっくらしただろうか、でもそれが八重姉ちゃんの優しい雰囲気にはちょうど良いと思った。


あの頃と同じ優しくて幸せそうな顔…

その影に和生さんがいるのだと思うと、胸の辺りがチリチリした。



「…八重姉ちゃん」


声を掛けると少し強ばった顔で私を見る。



「なっちゃん…ごめんね、ずっと顔出さなくて…」



伏せた睫毛ですら艶っぽく思えて、私は奥歯をギリっと噛み締めた。



「八重姉ちゃん、もういいよね?」

「え……きゃあ!」

「今度は私の番よ!」

「きゃあああ!!」



力一杯掴んだ彼女の足首は、思ったより細い。

私はそのまま海の方へを引き寄せた。



「あ、ああ…!」



ばっしゃーーん!






夜の海は暗くて重い。


羽交い締めにされた八重姉ちゃんの着物がどんどん重みを増して。



「がぼ…っ」



八重姉ちゃんの口から吐き出された大きな泡が、ゆらゆらと揺れながら海面に昇っていく。


それが人間の"空気"というものだと、だいぶ前に知った。


人間と人魚は呼吸が違うらしい。

急に海に入ると、とても苦しいのだと、いつだか戻ってきた人魚が言っていた。


だから、人間から人魚に戻るときは、ゆっくりと海に入っていくのだと。





くったりと力を失った八重姉ちゃんの体を抱えながら、深く。

もっと深くへ。


私達の住む海底よりも、更に深く、遠く、真っ暗なところへ…



「…う……」



八重姉ちゃんは既に意識が無く。

結っていた髪は乱れて波に流れた。


きっと次に目を覚ます時には、呼吸も人魚のそれになっているだろう。


さっきまで地面を踏んでいた足も、元の姿に戻る。



(…そうよ、契約通り、元に戻るだけ)



ゴツゴツとした岩に彼女の体を横たえ、周りを見渡した。


仲間の人魚は誰ひとり居ない。

それもそうだ、この辺りには私だって来たことは無い。



真っ暗で、淋しい場所…



「…八重姉ちゃんがいけないのよ…」


私はそのまま一気に海面まで泳いだ。

八重姉ちゃんの浅葱色の着物はもう見たくない。



さよなら八重姉ちゃん。


心配しないで、明日からは私がやるわ。


八重姉ちゃんが過ごした幸せの日々も、和生さんとの生活も。



全部、私のものよ。



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