ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └二十四



それから私は新月を待たずに、頻繁に八重姉ちゃんに会いに行った。

そして何度も何度もせがんで、和生さんの話をしてもらった。


二人の暮らしから、日々の会話。

時間が過ぎるのも忘れて、八重姉ちゃんの話に夢中になってた。



「なっちゃん、時間大丈夫?私もそろそろ…」



八重姉ちゃんは少し困ったように言う。


もしかしたら、いろいろと聞く私を、彼女は嫌だったのかもしれない。

鬱陶しかったのかもしれない。


何か怪しんだのかもしれない。


それでもいつもと変わらない優しい声音で話す八重姉ちゃんに、何故だか異様に苛々した。



「ねぇ、八重姉ちゃん」

「うん?」

「もう丘に上がってから大分経つよね?子供はまだ?」

「…っ」



私はとにかく早く八重姉ちゃんと交代したかった。


だって契約を守らず、丘での生活を楽しむ八重姉ちゃんはずるい。

それに彼女が感じてる幸せは、もしかしたら私が享受すべきものかも知れないじゃない。



「私だって、早く丘に上がりたいよ」

「こればっかりは授かり物だから…それに海に還った人魚なら他にも…」

「嫌よ!私は八重姉ちゃんとしか代わらない!」



私の声に八重姉ちゃんは押し黙った。


静かな夜の海辺。

波の音と人魚岩の風音だけが響いていた。




「…なっちゃん」



八重姉ちゃんはひどく悲しそうな顔をして。

私は更に苛々した。



「もう帰った方がいいわ、私ももう戻るね」

「八重姉ちゃん!」



彼女は振り返らず岩の上へと登っていく。

たまらず私は怒鳴りつけるように叫んだ。



「早く子種を貰って還って来て!八重姉ちゃんだけそんな我儘許されないんだから!」



ゆっくりと振り向いた八重姉ちゃん。


もうその顔は恐怖すら浮かんでいて。


「………」


無言のまま八重姉ちゃんは暗い道を走っていった。



――それから八重姉ちゃんはしばらく私と会おうとしなかった。

新月の晩に人魚岩に集まる中に彼女の姿はない。


行き場のない苛立ちと焦りに、私は毎度唇を噛む羽目になった。



でも、しばらくしてやっと八重姉ちゃんが姿を見せた。


もう彼女が丘に上がって半年以上経っていて。

彼女より後に行った人魚達ですら、もう大半が大きなお腹で帰ってきてる頃だった。



「…なっちゃん」

「………」

「私、もうここへは来ない」

「え……」



頭を打たれた気分だった。


八重姉ちゃんは「もうなっちゃんには会えない」とか「誰か他の人魚の代わりに丘へ」とか。

いろいろ言ってた気がする。


でも正直覚えてない。


だって、それじゃ八重姉ちゃんはこれからどうするの。

私達と人間の契約は?


…和生さんは!?



「そんなの許されないよ…許さない!」



八重姉ちゃんは涙をいっぱい溜めた目で、無理やり笑顔を作る。

そして立ち上がると、

「さよなら、なっちゃん…私達の事はもう忘れて…」

そう言って背中を向けた。



(私…達?私達って和生さんの事も!?)



八重姉ちゃんの背中に、思いつく限りの罵声をぶつけたと思う。

ここも頭に血が上っていてよく覚えてない。


でもこれだけははっきりわかる。


私はこの瞬間に、苛立ちの正体が"八重姉ちゃんへの憎しみ"であると漸くわかった。



八重姉ちゃんの言葉は本当で。

あの夜から彼女はすっかり見なくなった。


他の人魚に聞いてみたけれど。



「八重、最近姿見ないのよ」

「ご主人の…えっと和生さん?彼も漁に来てないって。うちのが言ってたわ」



そんな答えばかりだった。



「…そう」

「ねえ、奈津子も八重に拘ってないで次には丘に上がったら?」

「いいの!八重姉ちゃん見掛けたら教えて。じゃあまたね」

「奈津子!」



毎回こんなやり取りばかり。

その内に仲間にすら「もう放っておきなよ」なんて言われる始末。



(八重姉ちゃんのせいだ…!)



ヤキモキしながらも月日だけは淡々と過ぎ。

八重姉ちゃんが姿を見せなくなってもう一年近く経った頃。



「え…八重姉ちゃん見たの!?」


一人の人魚が岩場で頷いた。



「とは言え、チラっとだけ。手拭いで顔を隠してたけど、あの目元は八重ちゃんだったと思う」



ドキドキと胸が高鳴った。

八重姉ちゃんが居るなら、和生さんだって元気でいるはず…!



「ねぇ、八重姉ちゃんに伝言お願いできないかな?」

「いいけど…伝えられるかわからないよ」

「…私、随分前に八重姉ちゃんに酷いこと言っちゃって…仲直りできたらな、って…」



少し悲しげな顔を見せると、仲間の人魚はひどく感激したように頷く。

そしてうっすら涙すら浮かべて私の手を取った。



「そういう事なら…!船頭さんの妹のヒサさんって人がいるの。私達のまとめ役みたいな人。その人に言えば、もしかしたら八重ちゃんに伝えてくれるかも知れない!」

「本当…?良かった…三日後に人魚岩でって伝えてね、本当にありがとう、お願いね、きっとよ?」



うんうん、と何度も頷きその人魚は村へ帰っていった。



「…ふふ、きっとよ?」


私は久しぶりの高揚感に鼻歌を歌いながら暗い海に潜る。

三日後の対面を想像すると、楽しくて仕方なかった。



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