ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └二十三



「私達人魚と、この村の契約はもう知ってるのよね?」



薬売りさんがこくりと頷くと、奈津子さんは続けた。



「別に悪いことじゃないでしょ、私達は自分の血筋を残したいし、村の男は綺麗な女を抱きたいし」

「………」

『ま、需要と供給は成立してますね』



奈津子さんは「そうそう!」と無邪気に笑う。




「人魚ってね、そんなに華やかな世界じゃないのよ…あなた達にはわからないでしょう?」



真っ暗で、宵闇との境目を無くした海を見ながら呟いた。



「海の底ってね、真っ暗なのよ。夜のように真っ暗。日の高い内は浅瀬の方に行くことは禁じられてるし」



(………)



想像がつかない世界の話だ。


でも、少し気の毒には思う。

夜になれば陸から見てもこんなに暗い海。


その底となったら、どんなに心細い世界だろう。



「だから、村との話は嬉しかったなぁ…丘に上がれるなんて、夢のようだもの」



――……


「じゃあ行ってくるね!」

「気をつけて!」

「次の新月の夜に、いろいろ聞かせてね!約束よ!」



そう言って数人の人魚が、月明かりを頼りに丘へ向かう。

残った私達は、羨望と心配を織り交ぜた気持ちでその姿を見送るの。



「八重姉ちゃんはいつ行くの?」

「私はまだもう少し先かなぁ…」



八重姉ちゃんは、私より少し年上で。

とても綺麗で優しくて…


憧れのお姉さんだった。




「八重姉ちゃんの次は私が行くんだ!」

「うふふっそうね、なっちゃんと交代がいいね」

「絶対よ!約束だからね!」

「もうなっちゃんったら…まだ先の話じゃない」

「いいの、指切り!ほら!」



そうして私達は、新月の夜にはあの人魚岩に行って、先に丘に上がっていた人魚から話を聞いた。


海には無い、花や木々。

初めて見る男の人。



「村の人もとても親切よ」

「そうそう!寝る時にね、布団っていうの使うのよ!」

「ええ!海藻じゃないの!?」

「丘に海藻なんてないわよ!」



火を使ってこしらえるご飯。

青い空と太陽と雨と風。


耳にする話はどれも新鮮で…

私はますます丘への思いを募らせてた。



そしてそんな日々の中、早くに丘に上がっていた人魚がポツポツと戻ってくる。

大きなお腹を抱えて。



「さあ、元気な人魚を産まないと!」



人間にはわからないでしょう?

私達は当然のように女の子しか身篭らないし、海に還って産む子はみんな人魚になる。


そうやって私達は人魚の血を残していくのよ。



―そうしてとうとう八重姉ちゃんが丘に上がる日が来た。

少し不安そうな彼女の顔は、いつもより憂いを帯びて、一層美しく見えたのをよく覚えてる。



「八重姉ちゃん、気をつけて行ってきてね」

「うん、ありがとう」

「直ぐに新月になるもの、あの岩場で会いましょ?」

「そうね、ありがとう、なっちゃん」



大好きな八重姉ちゃんが行ってしまうのは寂しかったけど…



(次は私の番…!)


私は振り返りながら浅瀬に向かう八重姉ちゃんに力いっぱい手を振った。




「八重姉ちゃん!」

「なっちゃん!」



そして新月の晩は直ぐに来て。

私達は数日ぶりの再会に手と手を取り合った。



「わぁ…八重姉ちゃん綺麗…!」



その立ち姿は人魚だった頃が嘘のようだった。


派手では無いけれど、着物を来て髪を結って。

提灯を持って佇む姿がとても綺麗で…


きっとどこの誰よりも、八重姉ちゃんが一番美人だ。



「ねぇ、八重姉ちゃんのお相手はどんな人?」


聞きたいことは山程あったのだけど。

何よりも、八重姉ちゃんの子種になる人が気になってた。


私の質問に、彼女は少しはにかんで頬を染めながら答える。




「…和生(かずお)さんと言ってね、とっても優しくて背が高くて…」

「………」

「笑顔の素敵な人なんだ」



照れ臭そうに話す八重姉ちゃんに、「そう」と一言しか返せなかった。



(…八重姉ちゃんのこんな表情、初めて見た)



頬を赤らめて、でも嬉しそうに。

少女のように無垢で、それなのに妖艶。



「…私、そろそろ戻らなきゃ」

「そうね、なっちゃん来てくれてありがとう」

「うん、またね、八重姉ちゃん」



…何故か私は焦ってた。

八重姉ちゃんの表情と和生さんの話を、ずっと思い返してた。



(笑顔が素敵で、優しい和生さん…)



一体どんな人なんだろう。

どんな顔で、どんな声で、どんな顔で笑うんだろう。




「………」



早く。

早く私も丘に上がりたい。


八重姉ちゃんみたいな素敵な人間の女性になりたい。



(そして和生さんに…)



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