ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └二十一



―そして、夜の帳が下りきった頃。



ひぃぃぁあああ……



(ううーー…)


『こら、耳を塞ぐんじゃありませんよ』

「だ、だって…」

『いつまでびくついてるんですか、根性なし』

「……」



何と酷い言い様だろうか。

こんな不気味な音に慣れるも慣れないも、根性とは関係ない。



(…と、思うけど怒られそうで言えない…)



『…月明かりがないと暗くてかないませんね』

「だったら提灯を…」

『そんなの持ってたら隠れてる意味がないでしょう、お馬鹿さん』

「………」



…そう、私達は人魚岩の岩陰に身を潜めている。

この村についた時に渚ちゃんが飛び降りた岩場だ。


奇しくも新月の今夜、辺りは真っ暗。

これでは海との境界線も曖昧だ。



「…本当に奈津子さん、来るんでしょうか?」



あの後、薬売りさに聞いたところによると…



「眠り薬?」

『ええ、最近ご主人の眠りが浅いそうで』

「そうなんですか…それは海の仕事じゃ危ないですね」

『まぁ…軽い薬ですから。寝入りは良くなるって程度ですよ』



(奈津子さんが薬売りさんのところに来ていたのは、そういう理由だったんだ…)



でも、なぜそれが"今夜辺りひと波乱"に繋がるのか。

しかもこんな場所で薬売りさんと潜んでいる事に、何の意味が…??



『薬を渡す時にね、少々細工を』

「細工?」

『ええ、珍しい薬草を使って調合したので作った日の晩までの効き目だ、と…』



暗闇でフッと小さく笑う声が聞こえる。

きっとまたあのドヤ顔で笑っているのだろう。


見えなくとも容易に想像できた。



ぺちんっ


「いたっ!」

『見えはしないけど何だかムカつきました』

「何ですかそれ…」



見えない割には随分と正確におでこの位置を把握してたように思う。

叩かれたおでこをさすっていると、薬売りさんは静かに話し始めた。



『…あの若い漁師が言っていたでしょう』

「え?」

『この村出身の女は派手顔の美人、と』

「あー…」

『たぶん、その女性達が人魚ですよ』

「ええ!?」



素っ頓狂な声を出した私を、しーっと薬売りさんが制する。



『人魚は歌声と容姿で人を惑わすと言いますからね、その結論が妥当です』

「で、でも人魚がどうして?」

『…子種ですよ』

「!!」



息を飲んだのが伝わったのか、彼はそのまま話を続けた。



『人魚は基本的に女だけですからね。この村の男から子種を貰っているんでしょう』

「…そうだとしたら、その人魚の子供は?この村は子供が少ないって薬売りさんも言ってましたよね?」

『一人いるじゃないですか、彼女達と同じ容姿の子供が』

「あ……!」



そうだ、数少ない子供達の中で一人だけ、際立って美しい子供がいた。



「渚ちゃん…」

『そう、あの子供…恐らく人魚の血を引いてるでしょう』




"お姉ちゃんは人魚じゃないの?"


"ちょっとだけ、お母さんに似てるから"





朝方の渚ちゃんの言葉が蘇る。



(そうか、あの言葉はそのままの意味だったんだ…!)



でもその後、渚ちゃんは奈津子さんの事をお母さんじゃないと言い切った。

それにご主人のあの態度も…




「…何かおかしいですよね?」




ポツリと呟くと、薬売りさんも力なく息を吐いた。



『そうなんですよね…あの子供が人魚の子だとして、少し合点がいかない』

「………」

『…それにさちさんから聞いたという話』

「人魚との契約…ですか?」

『ええ。それに加えて結が風呂から見た夫婦…行きにいたはずなのに帰りには消えた女性』



嫌な音を立てて脈打つ心臓が口から飛び出しそうだ。

海風のせいなのか、俄かに信じられない話のせいなのか…


冷えた指先の震えが止まらなくて、私はギュッと手を結んだ。



『まぁ色々総合して、今夜辺り彼女は…』



その時。



『!』

「!」



上の岩場でジャリっと草履の音がした。

ほとんど同時に薬売りさんと、上の岩場の方へ忍び足で向かう。


すると、そこには薬売りさんの予想通り、奈津子さんの姿があった。


目立たないようにするためか、腰にぶら下げた提灯には小さな小さな灯りしか灯されていない。

でも、確かにそこにいるのは奈津子さんだ。


…いや、奈津子さんだけではない。



「え……っ」



彼女の腕には小さな体が収まっている。

奈津子さんが抱え直すと、細くて小さな足が力なく揺れた。



(渚ちゃん!?)




ひぃぃあああああ…



たぶん、彼にも予想外のことだったのだろう。

人魚岩の風音と混じって、薬売りさんの舌打ちが微かに聞こえた。

五ノ幕に続く

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