いつつめ
└二十
「はぁっはぁっ」
さちさんと別れを告げて、私は薬売りさんの元に急いでいた。
彼女から聞いた話は薄気味悪くて、どうにも長居する気にはなれない。
急に帰ると言った私に不安を覚えたのか、さちさんは何度も「結さん、今の話は内密にしてね、きっとよ」と繰り返した。
私がそれに頷いた時のさちさんの安堵の顔が脳裏に浮かぶ。
申し訳ない気持ちもあるけれど、それよりも今の話を薬売りさんに伝えたかった。
点と点が繋がりそうで上手くいかない歯痒さを、薬売りさんならどうにかしてくれそうで。
(薬売りさん…!)
段々と近付いてくる人魚岩の風音が、余計に胸をざわつかせた。
少し小高い場所にある船頭さんの家。
緩い坂道を走っていると、誰かが船頭さんの家から出てきた。
「…!奈津子さん!」
思わず足が止まる。
私の姿に気付いた奈津子さんも、一瞬顔をこわばらせた後、ニコリと微笑んだ。
「…結さん」
「奈津子さん…どうしたんですか?」
微笑む彼女の肩越しに、薬売りさんの青い着物が見える。
私の視線の先がわかったのか、奈津子さんは袂を探った。
「お薬、買いに来たの」
「あ…何処か悪いんですか?」
「ええ、ちょっと…」
私にわかるように包みを見せながら、奈津子さんは困ったように眉を寄せる。
「あ、ご、ごめんなさい。立ち入った事を…」
「いえ、いいのよ。じゃあ私はこれで…」
奈津子さんは美しい微笑みを湛えたまま、ゆっくりと坂を下っていく。
私はその背中に小さく頭を下げた。
『…結?』
「!!く、薬売りさん!」
薬売りさんの声にハッとして、奈津子さんの後ろ姿から目を離した。
そしてまた小走りに離れの入口に急ぐ。
私の様子がおかしいのが直ぐにわかったのか、薬売りさんは首を傾げる。
「薬売りさん!あの…」
『落ち着きなさい、とりあえず中へ』
そう言って私を促すと、薬売りさんは湯呑でお水を出してくれた。
私は上がる息を整えながら、それを一気に飲み干す。
口元を拭いながら薬売りさんを見て、もう一つ深呼吸をした。
「ありがとうございます…あの、あれからさちさんに会ったんですけど…」
―私は川原でさちさんから聞いた事を話した。
ヒサさんがしてくれた昔話は本当は違う事。
人魚とは契約と結んだような関係である事。
そして人魚からの要求は…
『…子種?』
薬売りさんは今日一番の訝しげな顔を見せる。
私は黙って頷くしかできない。
「さちさんも、よくはわからないみたいなんですけど…この村に大漁の恩恵を与える代わりに、子種を寄越せっていう話です」
如何せん私にもよくわからないのだから、どうしても歯切れが悪くなってしまう。
でも薬売りさんには何となく理解できたようで、納得したように『ふむ』と零した。
『ある程度、話が繋がりました』
「え!そうなんですか…?」
『細部はともかく、大まかには、ね』
そう言って薬売りさんは意味ありげな笑みを浮かべる。
未だに上手く処理しきれない私は、絡まりそうな頭を更に悩ませてた。
(…人魚と契約した村…子種…子宝村という割には少ない子供…)
「…えっ、まさか人攫い!?」
思いの外、大きな声が出てしまって反射的に口を抑えた。
しかし口にした言葉の物騒さに、心臓がバクバクする。
そんな事が"この村の掟"ならば、とんでもない事だ。
『まぁ、有り得なくもなさそうですが…』
「ええ!?」
『今夜辺り、ひと波乱ありそうですしね』
「え、ちょ、薬売りさん!話が見えません!」
完全に混乱する私を見て、薬売りさんはフッと笑う。
そして宥めるようにポンポンと頭を撫でると、
『まあ、順を追って説明しますから…今夜は夜更かし出来るように、たっぷりお昼寝しておきなさい』
そう言って、更に混乱させるのだった。
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