いつつめ
└十八
声を掛けてきたおばさんは、どうやら薬売りさんにお薬の調合をお願いしたいようだった。
更にその様子を目にした他の家の人々も、ぽつぽつと声を掛けてくる。
急に人だかりができて少し驚いていると、薬売りさんは得意気にフッと笑った。
『さっき海岸で色々オススメしたんです』
「なるほど…」
『それなりに営業しているんですよ、一応、ね』
ふふんっとでも言いたげな表情に、思わず脱力してしまう。
そうこうしている内に段々とお客さんが増えてきた。
「薬売りさん、私、先に戻ってますね」
『…大丈夫ですか?』
「大丈夫ですよ!」
薬売りさんはいつもの過保護な渋り顔を見せつつも。
『私もなるべく早く戻ります』と、頷いてくれた。
賑わっている薬売りさんを後にして、船頭さんの離れに向かう。
(この辺だとあんまり人魚岩の風音が聞こえないな)
とは言え、遠くにはあの不気味な音が鳴ってはいるのだけど。
あの離れでの聞こえ方とは大違いだ。
(船頭さんは家が近くて大変だな…もう慣れっこなんだろうけど)
「ん?」
ぼんやり歩いていると、少し先に大荷物を持った人がいる。
私はすぐに小走りで彼女に近づいていった。
「さちさん!」
「…っ!結さん…」
さちさんはビクッと肩を揺らした後、ぎこちなく笑った。
私は彼女の抱えた荷物を覗き込む。
「洗濯ですか?」
「あ…うん、うち家族が多いの」
「…私も手伝っていいですか?」
「え…そんな悪いから…」
戸惑うさちさんに、多少強引かなと思いながらも続けた。
「…洗濯ってことは海から離れた川に行くんですよね」
「え、ええ、まぁ…」
「実は…やっぱり怖くって…あの音」
コソっと告げると、さちさんは妙に納得した顔で小さく頷く。
そして少し同情にも似た眼差しを向け、笑ってくれた。
「こっち…川原は少し奥のほうなの」
「あ…はい!」
「上流の方に行かないと、海の水が多く混ざってしまってね。洗濯には向かないんだって」
さちさんはだいぶ柔らいだ声で言うと、慣れた様子で道を進む。
私は彼女から洗濯物を少し受け取り、相槌を打ちながらついて行った。
しばらく歩くと、サラサラと川の音が聞こえてくる。
海からは結構離れたようで、反対に人魚岩の風音は消えていた。
さちさんは川辺にしゃがみこむと、てきぱきと洗濯を始めた。
私も隣にしゃがむと、決して慣れてるとは言い難い手つきで彼女を手伝う。
一言二言…会話は交わすものの、私は話の核心を突けないままでいた。
本当は、彼女はもっと人懐っこい人なのかも知れない。
台所仕事をしていた時の様子を思い返せば、きっと話好きだろう。
(少し警戒されてる…のかな?)
そう思うと、ますます話の糸口を掴めない。
でも、意外にも口火を切ったのはさちさんの方だった。
「…ねぇ結さん、この村の人魚の話、どう思う?」
「…!!」
「私、他所の出だから…ここの人達みたいに思えなくて…」
俯いたさちさんの手が少し震えている。
きっとあの時のように彼女の顔は強ばっているのだろう。
私は咄嗟に、さちさんの手をギュッと握った。
「さちさんは…怖いの?」
「………」
さちさんは無言のまま頷く。
「私も…人魚って怖いものだって思ってました」
「…!」
「でも、ここでは人魚は守り神なんでしょう?それなら…」
「違う!そんなんじゃないわ!」
バッと顔を上げて、さちさんはほとんど叫ぶように否定した。
その勢いに気圧されながらも、彼女の青褪めた顔に私は口を噤んでしまった。
「この村は…人魚と契約した…ううん」
「契約…?」
「人魚に支配された村よ…!」
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