いつつめ
└十三
(な、何か気恥ずかしいな…)
拭かれている髪と、時折耳に触れる薬売りさんの指の感触にそわそわしてしまう。
そんな私を見透かしてか、薬売りさんはフッと笑った。
『結、櫛は?』
「え、あ、こっちに…」
私は手を伸ばして荷物を探って、櫛を取り出すと薬売りさんに渡した。
薬売りさんはまた私の肩を押して背中を向かせると、今度は丁寧に髪を梳かし始める。
「く、薬売りさん!自分で…」
『いいからいいから』
「でも…」
もぞもぞと背中で抗議していると、薬売りさんはまた小さく笑った。
『ご褒美ですよ』
「ご褒美?」
『私はね、嬉しいんですよ、結構ね』
言葉の意味を図りかねて黙っていると、彼は髪を梳きながら続ける。
『結もしっかりしてきたなーと思いましてね』
「そう、ですか?」
『ええ、まぁ、少なくとも今日は、ですけど』
「えー…」
…そんな事言われちゃったら、私だって満更でもない。
緩んでしまう頬を、今だけは薬売りさんに見られなくて良かった、と思った。
『…髪、伸びましたね』
「あ、確かに…最近肩先について跳ねちゃって」
『とは言え、童女からは若干足抜けしたって程度ですが』
「もう!そんな子供みたいな……」
『……?どうしました?』
口噤んだ私を不思議に思ったのか、薬売りさんは髪をいじる手を止めた。
私はゆっくりと振り返りながら彼に向き合う。
「子供で思い出したんですけど…今日、人魚岩の所に女の子いたじゃないですか?」
『あぁ、あの度胸のある子』
「ど、度胸…まぁ、そうですね。その子、渚ちゃんって言うんです」
何も言わないけれど、明らかに薬売りさんの表情は、ふーんっと興味無さ気。
ごろんっとそこに寝転がりながら私の次の句を待っていた。
「台所で渚ちゃんのお母さんと一緒だったんです。でも帰りに見かけたら、どうも渚ちゃんがお母さんを避けているように見えて…」
『…早めの反抗期だったんじゃ?』
「う…そういう物なのかな…でも…」
お母さんを見た時の渚ちゃんの行動。
逃げるようにして走り去った彼女の目に、一瞬恐怖に似た感情が浮かんだ気がした。
私の思い込みだろうか?
あの情景を思い返すたびに、渚ちゃんの様子がおかしいと思ってしまう。
私がそう思い込んでいるから、どんどん怯えていたように思えてしまうのか…
「…さちさんの様子にしても、さっきの船頭さん達にしても…やっぱりなんか変です」
『………』
嫌な予感というのだろうか。
胸のザワつきがおさまらない。
でも何が?と問われればそれははっきりしなくて。
自分が感じる胸騒ぎだけで、こんなに良くしてくれている村の人たちを非難している事にも罪悪感がないわけではない。
「……ふがっ!?」
『変な顔』
「く、くふりうりはん!」
寝転んだ薬売りさんが、不意に手を伸ばして私の鼻をつまんでる。
咄嗟に抗議したが、間抜けな声を笑われるだけだった。
薬売りさんは楽しげにクツクツと喉の奥で笑うと、ピンっと指を弾く。
『…変、という所には概ね同意です』
「へ…」
ニヤリ、と薬売りさんが意味ありげに笑った。
私は痛む鼻をさすりながらも、ゾクッと寒気が走る。
『若い世代が多い割に少ない子供、夜に人魚岩に向かう夫婦…そして人魚への感謝』
「………っ」
『さ、明日は忙しくなりますよ。そろそろ寝ましょう』
「あ…はいっ!」
私はハッとして立ち上がった。
さっさと布団を敷きながら、背後から聞こえる薬売りさんの鼻歌が気になる。
…あの薬売りさんの表情。
きっとこの村には、彼が楽しめるモノがあるんだろう。
(あ、明日が怖いな…)
そうは思いつつも、私も色々気になるし。
まあ、私には到底楽しめそうにはないけれど…
なるべく深く考えないようにしながら、私は無心で布団を敷いていた。
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