いつつめ
└十二
― 三ノ幕 ―
自分では静かに歩いてるつもりなのに、ドタドタと廊下が鳴る。
判ってはいるけれど、勢いに任せて歩かないと足が縺れそうだった。
「薬売りさん…!」
スタンっと障子を開けると、そこには呑気に煙を燻らせる薬売りさんの姿。
彼は眉間に皺を寄せると、コツンと煙管を叩いた。
『何です、ドタドタと五月蝿い』
「ご、ごめんなさ…じゃなくて!」
私はささっと彼の傍に座る。
薬売りさんは白々しい顔で首を傾げてみせた。
「何でお風呂行く前に教えてくれなかったんですか!?」
『何の話です?』
「人魚岩ですよ!あんなに近くにあるなんて!」
涙目で訴える私を見て、薬売りさんはニヤリと笑う。
それを見て、ああ、わざとだったのだと確信した。
『…だから風呂に来いと書き置きしたでしょう?』
「え!?あれってそういう意味だったんですか?」
『どんな意味だと思ったんです?』
「…いえ、何でも…」
とりあえず"風呂場突入"が薬売りさんの普通でなくてよかった…
「あ、そうだ!さっき人魚岩に向かう人達を見たんです」
『人魚岩に?こんな暗くなってから?』
「はい、たぶん船頭さんと人魚岩の由来を話してくれた女性…もう一組若い御夫婦が」
『船頭さん…』
「でも、一人…若夫婦のほうの女性が帰りにはいなかったんですよね…」
薬売りさんは私の話を聞きながら、何か考えているようだ。
顎に手を当てて黙り込んでいた。
しかし、ふむ、と一言零すとニコリと笑う。
『結』
「はい?」
『髪が濡れてます、拭いてあげるからこっちに座りなさい』
「へっ?」
『ほら早く』
「わ、ちょっと…」
薬売りさんの言葉を噛み砕く前にぐいっと腕を引かれ。
そのまま肩を押されて彼に背中を向けるように座らされた。
手拭いを手に取ると、薬売りさんは丁寧に私の髪を拭き始める。
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