いつつめ
└十一
船頭さんの家のお風呂はごく普通のお風呂。
"普通"と言っても、今までが贅沢だったわけで。
こうして暖かい湯気にあたれるだけでも、とっても有難い。
(あー何か落ち着くなー)
ほこほこと立ち上る湯気が、とても居心地がいい。
…でも、やっぱり気になるのはさっきの話題だ。
「子供のいない村、かー…」
意識してみないとわからなかったかもしれない。
今日見た子供たちだけとは思わないけど…
"子宝村"なんて言葉と余りにもかけ離れすぎてる。
どうしてそんな渾名が付いたんだろう?
(村の中のことは住んでる人が一番わかってるだろうしなぁ)
それに帰りしなの渚ちゃんとお母さんの様子も気になる。
あの二人の間にないかあったのだろうか?
「…まぁ…余計なお世話だけどさ…」
夕暮れの道を、お母さんの手を取って歩く、他の子供達とあまりに差があって。
私の胸をモヤモヤさせる一因となっている。
「……ふう…」
あれこれ考えている内に浴室に湯気が立ち込めてきてしまった。
程よく体も温まったし、そろそろ上がろう。
(少し湯気を逃がしてからにしようかな)
そう思って窓に手を掛けた時。
ひぃぃいいいいいあああ…
「!?」
ガコンっ!
「ああ!?」
戸板を勢いよく閉めたせいか、大きな音を立てて外れてしまった。
あわあわしながら嵌め込んでいる間も、あの気味の悪い音が聞こえている。
(こ、ここって人魚岩から近いのか…)
さっきよりもそろりと開けてみると、少し小高い場所にある船頭さんの家から人魚岩の方を見下ろす感じだ。
とは言え、すでに日も落ちていて月灯りだけが頼り。
何となく周囲の木々とうっすら見える岩の形に覚えがある程度だ。
岩の先は海のはず。
でも夜の海は恐ろしい程に闇だ。
真っ暗で、昼のそれとは全く別物に見える。
何も見えないのに波の音だけは絶えず繰り返していて。
「……っ」
お風呂の中にいるはずなのにぞわっと寒気が走った。
(もう部屋に戻ろう…)
窓を閉めてさっさとお風呂を出よう、そう考えていると、微かに人の声がした気がした。
「……?」
私は手を止めて、もう一度外を伺ってみる。
耳をすませば、人魚岩の悲鳴のような風音に紛れてやっぱり人の声が…
「あ…!」
人魚岩の方へ向かう四人の人影が見える。
その内の一人は小さな提灯を持っていて、持ち主の姿をはっきりと映し出していた。
「あれ?船頭さん…?」
どうやらその人は船頭さんのようだ。
微かに見える連れの人は、人魚岩の由来を話してくれた女性。
そして若い夫婦だ。
(…なんでこんな時間に?)
こんな暗くなってから、しかもなんかよくわからない組み合わせにも思える。
四人は人魚岩の方へ行ったようだけど、ちょうど木の影に入ってしまってその様子がわからない。
ただ時々提灯の灯りが見え隠れしていた。
「ど、どうしよう…」
本当は今すぐにでも部屋に走り帰りたい。
でも、気にならないと言ったら嘘になる。
薬売りさんの影響なのか、彼がいることからの安心感からなのか…
私は自分で思う以上に、不思議な事に興味があるようだ。
(…いいんだか悪いんだか…)
何となく自分自身に呆れていると、提灯の灯りが大きく動いた。
どうやら一行が戻って行くらしい。
「え…っ」
私は細く開けた窓から、改めて目を凝らした。
四人だったはずの人影が三人しかいない。
はっきりはわからないけど、夫婦の女性がいないように見えた。
「な…なんで…?」
彼女はどこに行ったのだろう?
人魚岩の先に何かあったのだろうか?
…いや、提灯はそう遠くに移動してなかった。
「……っ」
まさか…なんて考えていると、バクンっと心臓が鳴った。
(く、薬売りさん…!)
私はなるべく音を立てないように窓を閉めると、一目散にお風呂をあとにしたのだった。
三ノ幕に続く
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