ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └九



「薬売りさー…」



障子を開けながら声を掛ける。



「あれ?」



部屋に彼の姿はなく…

一枚の紙がぺろんと置かれていた。


それには綺麗な文字で

『風呂にいますので』

と書かれている。



「ええー……」



なんで部屋で待っててくれないのか。

ってか、いますので、って風呂場まで来いってことなのか…



「え、ええええーー……」



紙を握り締めてがっくりと項垂れていると、すっと障子が開いた。

ハッとして振り返れば、ほかほかと湯気を立てている薬売りさん。


私の顔を見て、不満そうに口元を歪める。



『…遅い』

「えええ…」

『せっかく書き置きしたのに』

「行きませんよ、薬売りさんがお風呂に入ってるの知ってるのに…部屋で待つのが妥当でしょ?」



私が呆れながら紙をピラピラさせると、薬売りさんは心底意味がわからないといった風に首をかしげた。



(ええええーー……)



薬売りさんにとっては、風呂場に突入が普通なのか。

それって結構問題なんじゃ…



『……で?』

「あ…」

『どうでした?村の女性達は』



私の手からピッと紙を奪いながら、薬売りさんが私に向き合って座る。

わしわしと髪を拭きながら、私の言葉を待っていた。



「…この村じゃ、人魚は守り神なんだそうです」

『守り神、ね…』



薬売りさんは、ニヤリ、と口元を歪めて。



(あー…やっぱり何かモノノ怪的な…)



私はひっそりと心で溜息を吐きながら、台所で聞いた話を彼に伝えた。


どうしてあの岩場が人魚岩と呼ばれるようになったのか。

人魚はこの村では決して恐ろしい存在ではないこと。


そして…



「…少し、空気が変だった気がするんです」

『空気?』

「はい。人魚の話になったとき」



青褪めた顔で指先を震わせていたさちさん。

そんなさちさんを外させた年配の女性。


それに、あの柔らかな笑顔も、やっぱり思い返すと少しもやっとするのだ。



『…ふぅん』

「え?…わっ」



薬売りさんは急に私の頭をガシガシと撫で繰り回した。




『なかなか勘が良くなってきましたね』

「ちょ…!髪が…!」

『おりこうおりこう』



褒められてるのはわかるけど…


(そんな子供みたいに…!)


正直、褒め方に納得がいかない。


でも、思いの外満足そうな薬売りさんの表情に、ちょっとだけ頬が緩んだ。



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