ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └八




―――その時の台風は、稀に見る大荒れで。

もちろん海も荒れ狂った。


大波が岩に打ちつけ、いつもの青い美しい景色はまるで地獄のようだ。



そして台風が過ぎ、やっと波の音が穏やかになり始めた頃。

岩場で一人の漁師が、打ち上げられている人魚を見つけた。


人魚といえば漁師にとっては決して有難い存在ではない。


最初はその漁師も恐れ慄いてその場を去ろうとした。


しかし、よく見てみればその人魚は怪我をしている


人魚とて、あの荒れ狂う波には勝てなかったのか。

岩場にでもぶつけたのだろうその傷が、痛々しくて見捨てることはできなかった。



近づいてみれば、話に伝え聞いていたような恐ろしい姿ではない。

足が魚の尻尾であること以外は、普通の人間のように見えた。


海の中にいるからか、真っ白な肌で、それはそれは美しい女だった。


最初はおっかなびっくりだった漁師も、次第に緊張を解いてく。

助けられた人魚は苦しそうに息をしながらも、彼に涙を流して感謝した。


そしてまるで歌うような美しい声でこう告げる。



「このお礼に、この村が漁で潤うように…漁がいつでも上手くいくように海の中からお手伝いしましょう」



そう約束して、人魚はまた青い海に帰っていった。





「――それからというものの、人魚は約束を守ってこの村に海の恵みを与え続けているの」

「へぇ……」

「その打ち上げられていた岩場が、人魚岩。ずーっと昔から人魚岩と呼ばれているのよ」


話を終えて、年配の女性はニコリと笑った。

いつの間にか周りの女性たちも耳を傾けていたのか、先ほどの空気とは一変。


ほんわかと和やかな雰囲気に戻っていた。



「すごい…まるでおとぎ話ですね」

「まぁ昔話なんて、どれもそんなものよ」



最後のお皿を仕舞いながら女性が肩を竦める。

すると他の女性が続けた。



「普通は人魚なんて聞くと、恐ろしい忌々しい物を思い浮かべるでしょうけど…この村では守り神なの」

「そうそう、海での事故もうんと減って。それも人魚に守られてるからって言われててね」

「だから…」



女性たちはみんな穏やかな笑顔を浮かべて私を見る。



「ここにいる間だけでも、人魚を怖いものだと思わないで?」



…何だろう。

穏やかで和やかな空気のはずなのに、なぜか背中が冷えた。


人魚岩のあの音を思い出したからだろうか?

それとも、茶の間から戻ってきていたさちさんの表情が、未だ強張っていたからだろうか?


私は曖昧な笑顔を貼り付けて、小さく頷くしかできなかった。





「かーちゃん、もう帰ろうよー」


台所の勝手口から、子供がひょこっと顔を出す。

それを合図に、女性達は「あら、いけない」とバタバタし始めた。



「ついつい長話しちゃったわ」

「それじゃあ結さん、私達はこれで…」

「あ、ありがとうございました!」



ささっと帰り自宅を整えて、女性達は帰路につく。

庭で遊んでいた子供たちは、甘えるように母親の手を取って歩き出した。


頭を下げながら見送っていると、門扉の近くに小さな影を見つける。



(あ…あの子…)



見覚えのある浅葱色の着物の女の子。

こちらを伺うようにして門扉から半分顔を出していた。


じっと見つめる視線は、確実に私を捕らえている。




「…渚(なぎさ)!」



さっきまで台所で一緒だったひとりの女性が、女の子の姿を見つけて声を掛けた。

しかしタタっと走り寄ろうとすると、女の子…渚ちゃんは彼女を一瞥して逃げるように走っていってしまう。



「あ…!」



女性は差し出そうとしていた手をゆっくりと下ろすと、トボトボと夕暮れの道を歩いた。




「………」


私はその後ろ姿を、何とも言えない気持ちで見送る。



「…とりあえず、薬売りさんに報告しなきゃ」


そう呟くと、後ろ髪を引かれる思いを振り切って家の中に戻った。



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