いつつめ
└七
― 二ノ幕 ―
「結さんはどの辺りから来たの?」
かちゃかちゃと食器の音を立てながら、数人の女性達が私に興味の視線を投げる。
暮れ始めた台所に赤々とした夕日が差し込んで、台所を橙に染めた。
「私、生まれは山の方なんです」
「へぇ!じゃあ緑が綺麗だったでしょう?」
人のいい笑顔を浮かべて、女性達はテキパキと手を動かし。
それに比例するように、口もよく動く。
「そうなんです、山育ちなので海を見たのは初めてで…」
「そうなの!?じゃあ夜は波の音が気になるかもね」
「あーあるある!私も嫁に来たばかりの頃はそうだったよー」
私のすぐそばにいた女性が笑いながら言った。
同じ年くらいだろうか?
ほっぺに浮かんだそばかすが何だか可愛らしい。
私の視線に気付いたのだろうか?
女性が自分を指さしながらニコッと笑った。
「あ、私、さちっていうの。半年前にこの村に嫁いできたんだ」
「そうなんですか!新婚さんですね」
さちさんは照れくさそうに肩を竦めると、また笑う。
「じゃあ、さちさんのご主人も漁師さんなんですか?」
「うん、もちろん」
「この辺りは見ての通り海しかないし…村の男は全員漁師、女だって貝を取ったり海藻取ったりするのよ」
「そうそう!投網の穴を縫ったりもね」
女性達をよく見てみれば、男性ほどではないけれど、やはり健康的な肌の色。
決して楽なお仕事ではないのだろう、指先が傷だらけな人もいた。
明るく元気な女性たちの姿に、私の顔も自然に綻んだ。
「結ちゃんと薬売りさんは?」
「へっ?」
「二人、夫婦でしょ?子供はこれから?」
「ええ!?子供!?」
綻ばせていた顔に一気に熱が集まる。
自分の体温にうっすら汗が滲みそうだ。
「あはは!初心なんだねー可愛い〜」
「この村はね、子宝村って言ってもいいくらい子宝に恵まれるのよ〜!」
「この村にいる内にもしかしたらってのもあるかも!」
固まる私をからかって、女性達が矢継ぎ早にはやし立てる。
私は真っ赤になりながら、どうにか話を逸らそうと慌てて話題を探した。
(あ…そう言えば、さちさんは"嫁いできた"って言ってたよね)
「と、ところで私びっくりしちゃいました」
若干白々しくなってしまっただろうか。
ちょっとだけ声が上ずってしまった。
女性達はきょとんとして私を見ている。
私は隣にいるさちさんに視線を向けながら、下手な芝居を続けた。
「あのー…何でしたっけ、あのすごい音のする岩場…」
「あ…人魚岩、のこと?」
「そうですそうです!すごい音がするんですね」
さちさんは、少し気まずそうに目を晒すと「ああ、ね」と小さく呟いた。
心なしか、周りの人達の空気も変わった気がする。
薬売りさんでなくとも、何かあると感づくには十分だ。
「すぐに風と岩の穴のせいだって教えてもらったけど…」
「あ、そ、そう、そうらしいわね」
「まるで誰かの泣き声みたいで、ちょっと怖かったです」
「………」
少し青褪めた顔で、さちさんはとうとう黙り込んでしまう。
その姿にちょっと心を痛めながらも、私は更に続けた。
「どうして、人魚岩って呼ばれているんですか?」
「……っ」
さちさんの指先が小刻みに震えている。
拭いていたお皿を今にも落としそうだ。
(な、なんでそんなに…?)
「さ、さちさ……」
「この辺りはね」
「!」
彼女の様子に戸惑う私の間に、さっと違う声が割って入ってきた。
「ほら、さっちゃん。ここはもういいから卓袱台を拭いてきてちょうだい」
「は、はい…!」
片付けをしていた中で一番年配の女性が優しく言う。
さちさんはホッとした顔で、慌てて台所を出て行った。
「この辺りはね、人魚のお陰で栄えているのよ」
「人魚のお陰…?」
「そう。遠い昔にね、台風が過ぎたあとにあの岩場に人魚が来てね」
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