ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └四



「いやー旅の人なんて、久々ですよ!見ての通り、辺鄙な漁村でね」


色の黒い男性が、陽気に笑う。

周りの人たちも、うんうんと頷きながら笑った。



『いやはや…うっかり道を間違えてしまったようで…』

「ぶっ」


煮物を吹き出した私を、薬売りさんはじろりと睨む。

私は肩を竦めて視線を逸らした。



『でも幸運でした、とても親切な方々のいる所に迷い込んで』

「がははは!色男に言われると、同じ男でも悪い気がしないな!」


みんながドッと笑い、薬売りさんもよそ行きの笑顔を浮かべてお猪口を傾けた。



――砂浜から戻ると、すぐにの一組の夫婦に行き合った。

今夜どこかに泊まれる場所はないかと尋ねると、ここは田舎の漁村で旅籠は無いと言う。



『それは…困りましたね…』


薬売りさんがそう言ってわざとらしい憂い顔を見せると、夫婦の表情が変わった。



「それなら船頭に相談してみましょうよ!」


頬を染めた奥さんが興奮気味に言う。



「そうだな!そうしよう!」


同じように興奮気味なご主人は、奥さんの言葉に同意した。



…ご主人の目の色まで変わるのはどうかと思うのだけど。

そんなこんなで薬売りさん得意の外面の良さ…じゃなくて人徳で、こうして部屋を提供してもらえることになったのだ。


この漁村の人はみんな陽気で、夕暮れも待たずに村総出で歓迎の宴まで開いてくれている。




「風呂や台所は一通り揃っているから不便はないと思うよ」

「すごい…!本当に助かりました!」

「何もない所だけど、海の幸はたんまりあるからね!ほら食べて食べて!」



船頭さんの敷地内にある離れでの宴会は、本当に豪勢で。

山間育ちの私には、ほっぺの落ちそうなくらい美味しいお魚ばかりだった。



『漁村でないとなかなかお造りにはありつけないですからね、ありがたいです』



薬売りさんも今日はよくお酒が進むようだ。

さっきから若い漁師さんに、何度も注いでもらっている。


みんな海に出ているからだろうか。

浅黒く日焼けた肌に、白い歯が眩しい。


そしてみんなが薬売りさんに負けず劣らずよく飲むのだ。



「あ、私、手伝います」

「あらいいのよ!若いお嬢さんがいるってだけで、私たちも張り合いが出るわ〜」



さっきから忙しなく料理を運んでくれる女の人たちがカラカラと笑った。

てきぱきと手を動かしながら、行き届いたおもてなしをしてくれる。


中にはお腹の大きな人もいて、何度か手伝いを申し出たものの、いいからいいから、と断られてしまっていた。




『それにしても…』


薬売りさんはチラリとこちらを見ると、ちょっと声を落として言う。



『この村は随分と美人が多いんですね』

「………」


(な、何もそんなこそっと聞くことないのに…てゆーかなんで私をチラ見してから?)




「…ん?」



薬売りさんの言葉が、そうおかしかった訳ではないと思う。

実際、女の私から見ても、綺麗な人が多い。



「あー…そう、かねぇ?」


でも船頭さんを始め、一瞬みんなの雰囲気が変わった気がした。



「いやいやー薬売りさんの連れてるお嬢さんだって美人さんじゃないですか!」

「へっ!?いえ私は…」

「またまたーお二人は夫婦なんでしょ?」

『ぶっ』



若い漁師さんに肘でつつかれて、薬売りさんがお酒を吹き出す。

その反応が面白かったのか、彼は更に茶化した。



「やっぱり違いますよね、都のお嬢さんって感じ!この村も美人が多くてびっくりしたけど、いや〜結さんもなかなかですよ〜」

「ちょ…お世辞にも程があります…」



いつもは私がからかわれているから、たまには薬売りさんも…

なんて思っていたら、何という諸刃の剣…


当然ながら私にまでとばっちりだ。



『ちょっと伺いたいんですが…』

「へ?」


薬売りさんは、ごほんっと咳払いをすると彼に向かって問いかけた。



『貴方はこの村の出身じゃないんですか?』


密かに薬売りさんの瞳に探るような表情が窺える。

私も彼の答えにこっそり耳を傾けた。



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