いつつめ
└三
砂に足を縺れさせながら岩場に辿りつく。
そんなに距離は無かったはずなのに、息が切れて胸が痛かった。
「は…っはぁ…っ」
女の子がいた岩に登ってみると、確かにそんなに高さはない。
でもそっと下を覗き込むと、海面にはいくつもの岩が見え隠れしていた。
波が打ち寄せるたびにざっぱーんという音と共に、砕けた波が飛沫になって散っていく。
高さが無いとは言え、こんな所に落ちたら…
「……っ」
ごくり、と唾を飲む。
さっきの子はどこに行ってしまったんだろう…
私は膝をついて更に岩の下を見ようと、少しだけ身を乗り出した。
「あれ?」
と、その時。
覗き込んだ岩の下の方で微かに薄い浅葱色の着物が揺れた気がした。
(あれは…あの女の子の着てた…!)
『結』
「薬売りさん………あ!!」
背後で名前を呼ばれて振り返ると、薬売りさんの脇をタタッと小さな影が走り抜けていく。
薬売りさんも横目でそれを見ていた。
「さっきの…!」
私の声に反応したのか、女の子が振り返る。
しかし立ち止まることなく、そのまま走り去っていってしまった。
「ぶ、無事だったんだ…」
安堵と拍子抜けで、ぺたりと座り込む。
薬売りさんは『やれやれ』と小さく呟きながら、私の腕を掴んで立ち上がらせた。
『岩の下に足場があるようですね』
「そう、か…気づきませんでした…」
『大体、身投げならあんなに軽々飛び込んだりしないでしょう』
「それもそうですね…はは…」
力なく笑う私の頭を薬売りさんがコツリと叩く。
『まったく…その突進癖を直しなさい。こっちの身が持ちません』
「う…ごめんなさい…」
薬売りさんは私の着物についた砂を軽く払うと、しっかりと手を握って。
『さ、そろそろ今日の宿を探しましょう』
「は、はい…!」
私の手を引いてスタスタと歩き始めた。
その間も、あの泣き声のような風の音と波の音は止むことはなく。
背中でそれを聞きながら、私は何とも言えない心許なさを感じていた。
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