ひとやすみ・こころしらず
└九
いつもよりだらしなく乱れた浴衣。
袷がだるーんと開いている。
「え、ちょ…!?」
お世辞にも十分とは言えない胸の肉質。
更にはこんなに袷が開いていたら、そりゃ夜風も冷たく吹き抜けるはずだ。
てゆーか私、こんなに寝相悪かったっけ!?
「わーもう…もう…っ!」
私は慌てて浴衣を直すと、飛び込むように布団に潜った。
ちょっとしんみりと考え事していると、こうだ。
あぁ、もう本当に間抜け…
(……って、薬売りさんにも見られた…?)
「……っ!!」
薬売りさんは間違いなく目が覚めた訳で。
って事はきっと私のこの姿も見ている訳で…
「〜〜〜〜!!!!」
恥ずかしさと動揺で言葉にならない。
私は布団を頭まで被るとゴロゴロと暴れまわった。
「…ぷはっ」
そして、はたとある事に気付いて布団から顔を出す。
私のこの姿を見たであろう薬売りさん。
しかし彼は何食わぬ顔で、ひとっ風呂浴びに行ったのだ。
恐らくは呆れ顔をしながら…
(…いや、きっと溜め息もだな)
「…ああ、もう…」
勝手に熱の上がる顔を両手で覆えば、耳の奥で心臓の音が響く。
その音を聞きながら、更に熱が頬に集中した。
…薬売りさんは、どう思っているのだろうか。
"私と一緒に居ればいいじゃないですか"
そう言って抱きしめてくれた。
"結、持っていかれないでください"
そう言った薬売りさんの声は、切実だった。
夜になれば、私を抱きしめて眠る。
髪に鼻先を埋めて、閉じ込めるように。
ほっぺを摘んで、おでこを弾いて、その後に少しだけ笑う。
細い指に髪を絡めて、耳元で名前を囁いて…
(嫌われては…ううん、たぶん、好き、でいてくれてる…はず)
でも、薬売りさんは、わかってない。
薬売りさんがそうする度に、私のトクトクと高鳴る心臓を。
本当はしがみつきたいくらい、どうしようもなくなる衝動を。
それに…
(もっと…もっと…)
本当は、もっともっと、薬売りさんに触れて欲しい。
もっと、もっと。
薬売りさんに、求められたい。
「…………っ」
全身が心臓になってしまったかと思うくらい。
熱くて、ドキドキが止まらない。
女の私がそんな風に思っているなんて、薬売りさんは何て思うかな。
はしたないって蔑むかな。
はいはい、って軽くあしらうかな。
(それとも…)
顔を覆っていた両手を、おもむろに天井に向けて伸ばしてみる。
黒い影の中、自分の手が白く浮き上がって見えた。
それとも、こんな私じゃ、ダメだろうか。
お前は俺のものだ…
私じゃ、あんな事があった私なんかじゃ…
「………!」
何となく、自分の手が暗闇に溶けそうで、慌ててギュッと拳を握った。
…きっと薬売りさんは知らない。
私がこんな風に思っている事も、いつか溢れてしまいそうな感情も。
「知られない方が…いいのかな」
何も望まなければ、このままいられるのだろうか。
このまま、一緒にいられるのだろうか。
見つからない答えに掌にじわりと汗がにじんだ。
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