ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └九



手拭を絞ると、水の落ちる音が涼やかに響いた。

水を張った桶に小さな波紋が広がる。



「すー…すー…」

「あ…顔の赤みが引いてきたかな?」



布団に寝かされたとこちゃんは、静かに寝息を立てている。

あどけない寝顔が何とも可愛らしい。


ほのぼのとした気持ちでとこちゃんを見つめていると、薬売りさんがポツリと呟いた。




『…たかが湯あたりで大袈裟な』



私達から少し離れたところから、頬杖をついて呆れたように見ている。



「大袈裟って…こんな小さな子が白目むいたらびっくりするじゃないですか…」



さっきのお風呂事件のお陰で私は薬売りさんを真っ直ぐ見られない。




(うぅ…見られた…すっぽんぽんだったのに…!)



お風呂場での情景がぐるぐると回って、言葉も尻すぼみ気味だ。

そんな私の様が更に彼を機嫌悪くしているらしい。




『大体…こんな豆っころ、どこから拾ってきたんです?』

「ま、豆っころって……」

『豆でしょうが。おまけに風呂まで一緒に入って』

「それは、とこちゃんがお漏らししちゃったから…」



薬売りさんは『とこちゃん?』と呟きながら鼻で笑う。



『お人好しもここまで来ると病気ですね』

「な…!」

『得体の知れないものに気を許すなんて、最近の結は怠慢が過ぎるんじゃないですか?』

「……っ」



冷たく言い捨てる薬売りさんに、私は次の句が出てこない。

あまりにその通り過ぎて…


でも、それに対して素直に反省できないのは何故だろう…




「ん……」




俯いて膝の上でギュウッと拳を握っていると、着物をツンッと引かれた。

すーすーと寝息を立てるとこちゃんの小さな手が、ちょいっと着物を摘んでいる。




「とこちゃん……」

「…ん…おねーちゃ……」

「……!」




微かに聞き取れるほどの寝言を零すと、とこちゃんの口元が少しだけ緩んだ気がした。


私は小さな手をそっと握る。

そして俯いたまま、薬売りさんに告げた。




「…勝手な事をしてごめんなさい…でも今日はとこちゃんをこのまま寝かせてあげてください」

『結……』

「迷子だとは思うけど…もしかしたらひとりぼっちなのかもしれないし…私がちゃんと面倒見ますから」



最後の方の言葉は、少し上擦った気がする。

でも鼻の奥がツンとするのと、じわじわと視界が滲んでいくのを堪えるのに精一杯だったから。


薬売りさんは少し言葉を詰まらせた後、小さく溜息をつく。




『…夕飯は?』

「お台所におむすびがあります…簡単なものだけでごめんなさい」

『……………』



顔を上げないままの私に何も言わないまま、薬売りさんは部屋を出て行った。



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