ひとやすみ・こころしらず
└四
「…んん…」
急に薬売りの腕から解放された結が、もぞもぞと動く。
その様子を、薬売りは両手を布団につきながらただ見ていた。
薄く開いた唇が月明かりに妖しく光る。
薬売りの胸が、また一つ軋んだ。
―結がいなくなったら、怖い。
自分が自分で無くなりそうな、そんな気がする。
いつからこんなに彼女に嵌った?
最初は興味が一番先にあったはずだ。
それを言い当てられて口を噤んだ時もあったが…
初めは、ただ珍しい蝶を捕まえたくらいの気持ちだった。
あの朝見た結の姿を、今でも忘れたわけじゃない。
でも、重ねた日々が。
繰り返される"ただいま"と"おかえり"が。
"おはよう"
"おやすみ"
"ありがとう"
"ごめんなさい"
何度も紡がれる言葉たちが、今となってはこんなにも胸を締め付ける。
『…結』
耳にかけていた薬売りの髪が、さらりと落ちた。
これまでこんなにも一人に固執したことはない。
こんなにも失いたくないと思ったことはない。
こんなにも、欲しいと思ったことはない。
少し傾けた唇が、そっと重なった。
伸ばしたままついていた腕がゆっくりと折れて、その分体が近づく。
「ん…」
何度も角度を変えて重なる唇に、結の息がフッと零れた。
(…拒絶は)
されなかったと思う。
だんだんと、ゆっくり。
まるで花が綻ぶように、ゆっくり。
結の濡れた唇が解けていく。
薬売りの唇がするりと滑って、彼女の首を擽る。
結はぴくんっと小さく体を捩った。
白い鎖骨を滑って。
(もっと…)
少しはだけた胸元に降りて。
(もっと…)
早く
早く
(もっと)
早く
結 を 自 分 だ け の も の に
『――っ!!』
薬売りは急に弾かれたように彼女から離れた。
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