ふたりぼっち | ナノ




ひとやすみ・こころしらず
   └五



(い、今…?)



さっきまで高鳴っていた胸が、ばくばくと早鐘を打つ。

背中をつうっと冷たい汗が走った。



何てことだ。


こんなに彼女が必要なのに、こんなに彼女を大事に思っているのに。





"早く、結を自分だけのものに"



(これではまるで…)





―結、お前は逃げられないんだ



お前は、俺のものだ







『…あの男と同じじゃないか…』



自分の言葉に、ぎゅっと眉間に皺が寄った。

そう言っておきながら、あんな屑とは違うとすぐに否定したからだ。


でも、じゃあ何が?と問われれば。



気持ち?


想い?


ふたりの関係?




(…結の意志は…)



自分に火が付いたあの瞬間、少なくとも結は無意識だった。

結が目覚めたら、どうしていただろうか。




(強行突破…?)



それとも、らしくなく笑って誤魔化したか?






『…………はぁ』




溜め息を吐くと共に、額に手を当てる。


瞼の裏に浮かぶのは、いつか記憶を覗き見た時の結の絶望に染まる顔。

夢に魘された結の、取り乱す瞳。


後悔の念にも似たモヤモヤが襲ってくるが。

それと一緒に、やっぱりあの胸の甘い胸の苦しさが押し寄せるのだ。





『…………』



あぁ、何ということだ。

こんなに自分が煮え切らない奴だったとは。




(…風呂にでも…)




薬売りは軽く頭を振ると立ち上がろうとした。


ふと布団を見れば、結は呑気顔ですうすうと寝息を立てている。

再びぎゅうっと締まった胸に苦い顔をしつつ、そっと掛け布団を直してやり。


少し身を屈めると、結のおでこに軽く唇を押し当てた。




「んー…」



無防備にむにゃむにゃしてる結が若干むかつく。

…が、頬を抓って起こすわけにも。



『はぁ…』


(…まったく。知らぬは亭主…いや本人ばかりなり、とはよく言ったもんだ)




薬売りはふらりと立ち上がると、干してあった手拭いを手に部屋を出るのだった。



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