ひとやすみ・こころしらず
└二
『…結…』
ギシギシと音を立てそうな胸を抑えながら、ゆっくりと彼女に近づく。
すると結が小さな声で話しているのが聞こえた。
「…美津さん、朔さんには逢えたんですよね?」
「朔さん、きっと美津さんのために頑張って桜、咲かせたんですね」
何も答えない美津の骸の髪や着物を直しながら、結は話しかけ続ける。
その表情は涙を流しながらも、少し微笑んでさえいるのだ。
「これからは…初恋の大好きな人と、ずっと一緒ですね…」
『……!』
そう言って、結は美津の冷たくなった手を握った。
丸まった美津の掌に、まるで宝物のように閉じ込められていた桜の花を、そっと握らせるように…
――…それから番屋によって引き離された結。
宥めるように彼女の肩を抱いて、この宿に戻ってきた。
本当は、天気も回復したしそろそろ次の町へ。
そう思っていたけど。
『………』
結のあの表情が、自分の軋む胸が、もう一泊ここへ足止めさせたのだった。
『…困ったな』
薬売りは無意識にぽつりと独り言を漏らす。
結はしばらく桜の撤去作業を窓から眺めていたが、次第に崩れ落ちるように眠ってしまった。
泣き疲れたのもあるのだろうが…
人ならぬモノとの接触は、慣れていない者にとって想像以上に体力を消耗する。
普段使わない部分でのやり取りなのだ。
結のように無意識ならば、余計にそうなのかもしれない。
まあ、これまでも周囲にいたのも大半が人ではないのだから…
そこらの人よりは耐性はある方なのだろう。
(まぁ…ゆっくり眠れる天気でもなかったし)
すうすうと寝息を立てる結の頬を、そっと撫でてみる。
ほんのり赤くなった目元が、明日は少し腫れてしまいそうだ。
『…結』
小さく名前を呼べど、彼女は気付かない。
起こしたい訳ではないのだけれど。
開かない彼女の瞼は、朝方の不穏な心の揺れを思い出させる。
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