ひとやすみ・こころしらず
└一
― ひとやすみ・こころしらず ―
ひゅう…っ
すっかり夜も更け、少し冷たくなった風が吹き抜けていく。
朝方の喧騒は昼過ぎまで続いたものの、日が傾く頃にはだんだんと落ち着いていった。
まだ少し騒がしいのは風の音くらいだろうか。
『………』
薬売りはもう何度目かの小さな溜め息と共に、腕の中の結を見ていた。
―あれから、結はしばらく川の騒ぎを眺めていて。
無言のまま涙を流す彼女に掛ける言葉が見つからなかった。
ただ肩を抱く薬売りの胸元に、時折顔を摺り寄せてはまた涙を流す。
番屋が到着してからしばらくして美津の体は冷たい川から引き上げられた。
「…美津さん…!」
『結!』
結は薬売りの手を振りほどくと、彼女の元へ駆け寄る。
「美津さ…美津さん…!」
「お、おい!お嬢ちゃん!」
「美津さん」
濡れたまま横たわる美津に縋るように座り込んだ。
彼女の顔に張り付いた髪を、震える手で整え。
そしてぽろぽろと涙を零した。
『………っ』
少し俯いたその横顔から、透明の雫が落ちていく。
結の泣き顔は今まで何度も見てきた。
子供のように泣きじゃくる日もあれば、今のようにただ静かに泣くこともあった。
言ってみれば、もう見慣れてる感すらあるのだ。
それなのに、なぜ?
なぜ、今日の泣き顔はこんなにも胸が抉られるような気がするんだ。
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