ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └三十四



ざわざわと騒がしい中、ふと女性の声が耳に届く。



「ねぇ、でもこれって…」

「あ…私も思った。不謹慎だけど…」



薬売りさんも、彼女たちの方に視線を向けた。




「まるで、桜があの人を抱き締めてるみたいね」




―薄紅の花弁はまるで、美津さんを包む絹の着物のようで



「ひ…っふ、うぅ…ぐずっ」



―川の中に倒れこんだ枝は彼女の体を、激しい流れから守っているようで




「美津さ…朔さん…!」




美津さんはあの悪天候の中、夜明け近くにこの場所へ来たのだろう。

その姿を見て、朔さんは最期の力を振り絞って、満開の桜を咲かせた。


そして恐らく足を滑らせ、濁流に飲まれそうになった美津さんを両の手を伸ばして助けようとした。


あの約束の夜、二人が取り合えなかった手を、目一杯伸ばして…



そんな風に考えてしまうのは、私の勝手かも知れない。

でも、そう思わずには、そう願わずにはいられない。




「…薬売りさん」

『…何です?』

「あの二人は…再会できたでしょうか…?」



約束の日を、何年もの月日を越えて、叶えることができたろうか。

二人で手を取り合って、笑顔を浮かべて…


満開の桜の下で名前を呼び合えただろうか。




『………』



薬売りさんは何も答えずに、抱き締めたまま私の髪に頬を摺り寄せた。



―その時。



「……あ…」

『……!』



微かに笛の音が聴こえた気がして、顔を上げる。

薬売りさんにも聴こえたのだろう。


私と同じように辺りを見回していた。


でも、周囲はさっきより増えた野次馬がざわついている。

もちろん、笛を吹いている人などいない。



思わず薬売りさんと見合わせていると。

ふっ、と暖かい風が頬を撫でた。


それと同時にふわりと桜の香り。




「……!」



暖かな風に誘われるように視線を向ければ。


若い男女が、微笑みながら手を取って歩いて行く。


男性のその手には笛が。

寄り添う女性の頬は、桜の様に染まっている。





――朔、また笛を聴かせて


――あぁ、もちろん。美津のために何時でも吹いてやろう





桜の花弁が風に乗って舞い上がった。

二人は幸せそうに笑うと、そのまま薄紅の風と一緒に消えて行った。




「………」

『………』



喧騒に混じって、優しい笛の音が聴こえた気がした。




『…約束は果たされたようですね』

「はい…ぐずっ」



薬売りさんは呆れたようにフッと笑う。

そして背後から覗き込むようにして、私の頬を指の背で撫でた。


私はそれを素直に受け入れて、そっと背中の温もりに身を寄せる。


少し満足気にまた腕に力をこめた薬売りさんと、しばらく二人が消えた路地を眺めていた。



― よっつめ・了 ―


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