ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └三十二



「……美津さん!!」


そう叫ぶと、私はガバっと身を起こした。

自分の声に驚いてぼんやりしたまま辺りを見回す。




「ゆ、夢……?」



額に手を当てるとじっとりと嫌な汗をかいている。

バクバクと音を立てる胸が痛かった。




『…結?』

「あ…薬売りさん…」

『どうしたんです?まだ夜が開けたばかりなのでは…』



薬売りさんは、欠伸をクッと噛み殺しながらゆっくりと起き上がった。


確かに彼の言うとおり、外はまだ暗い。

でももう風雨は止んだようで、風の音も雨の音もしていなかった。



「ちょっと…夢を見てたみたで…」

『夢…すごい汗じゃないですか』



細い指で額に張り付いた前髪を分けながら、薬売りさんは怪訝そうに眉を寄せる。



「あの、私、夜中に…」


ここまで言い掛けて、私達はハッと戸板のほうを見た。

外からガヤガヤと人の声が聞こえたからだ。


まだ薄暗い時間なのに、一人二人の声では無い。



『……何でしょうね』

「………」


薬売りさんはゆっくりと立ち上がると、戸板に手を掛けた。

やがてガタンっと音を立てて戸板が外れた。


夜明けとは言え、真っ暗だった部屋からしたら外の光は明るくて。

思わず目を細めて薬売りさんの背中を見つめる。



『……っ、これは…』


思わず零れた薬売りさんの呟きを聞いて、私は慌てて窓辺に寄った。



「う、嘘……」



そこに広がる光景に私は口を手で覆ってしまう。



「よ、夜中に目を覚ましたときに…見えたんです、あの桜が咲いているの…」

『………』

「でも、倒れた音なんてずっと聞こえなかった…!」



―夜中に見た満開の桜は、私の幻覚ではなかった。


でも、その大木は既に幹の近くからボッキリ折れていて。

ごうごうと音を立てて流れる川に、身の半分以上を投げ出して倒れていた。


あたり一面に薄紅色の花弁を撒き散らして…



「そんな…朔さん…」

『……行ってみましょう』



薬売りさんは抱えるように私を立たせると、肩に羽織を掛ける。

そして私の手を取って桜の木の元へ向かった。



32/35

[*前] [次#]

[目次]
[しおりを挟む]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -