ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └三十一



「…………」


もう何度目かの目覚めに、薄っすらと瞼を開ける。

行燈の消された部屋は真っ暗で、戸板がガタガタと音を立てていた。



(…お水でも飲もうかな)


体に巻きつかれた薬売りさんの腕を、そろりと解いて…

私はゆっくりと布団から起き上がった。




「――え…っ」


ふと見た戸板。

ほんの覗き穴程度の隙間の向こう。


ぼんやりと光が見える。


私は恐る恐る窓辺に身を寄せた。




「……っ!」



そこから見える景色に私は息を呑んだ。


もう駄目だと言われているあの桜が…朔さんの桜が、たくさんの桜の花を咲かせているのだ。

強い風雨に大きくその枝を揺らしながら、薄紅色の花弁が舞い上がっている。



(な、何で…!?)



今は桜の季節じゃない。

ううん、そうだとしてもこんな短い時間で桜が満開になるはず無い。



(朔さんに何か…)



思わず立ち上がりそうになって、ハッとした。

布団の方を見れば、薬売りさんは静かに寝息を立てている。



『…結、持っていかれないで下さい』



薬売りさんの言葉が胸に刺さる。

私は彼の寝顔から目を離せないまま、再びぺたんと座り込んだ。


今目にした光景を「ふーん」と流せるほど無関心になれない。

でも、薬売りさんにまたあんな表情させたくない…



「……っ」



私はふるふると頭を振ると、戸板のほうを見ないまま布団に戻った。



…明日、朝になったら薬売りさんと一緒に見てみよう。

もしかしたら、彼の言うとおり二人に心を寄せすぎて幻覚を見ているのかもしれない。



「薬売りさん…っ」

『……ん…』



胸元に顔を埋めた私を、薬売りさんは目を覚ます事無く私を抱き締めた。

薬売りさんの寝息が、微かに髪を撫でてくすぐったい。


私は、いつの間にか震えていた手を止めるように。

嫌な音を立てて脈打つ心臓を落ち着かせるように。


薬売りさんの温もりに、ただただ縋って目を閉じた。





――…く


――朔!よかった、やっと逢えた…!



――美津!どうしてここに…危ないではないか



――大丈夫よ

――…朔、ずっとずっと謝りたかったの、あの晩あなたの元に行けなくてごめんなさい



――いいのだ、美津

――今こうして逢えたじゃないか

――そなたの元気な姿が見られて、我はそれだけで…




――美津!いけない!


――え…




――危ない!美津…!!






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