ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └二十八



―今日も空は曇天。

まだ雨は降っていないものの、風は昨日よりも強くなった。


辺りの木々を揺らす音が、どことなく不安な気持ちにさせる。

時折、あの老桜が大きく軋む音を立てていた。



「…美津さん!」

「あ…先日はありがとう」



女将さんに呼ばれて階下に行くと、そこには美津さんの姿があった。

美津さんは深々と頭を下げ、女将さんに借りた傘を差し出す。



「あれからまた本降りになって…助かりました」

「あらー、こんなのいつでも良かったのに!この強風の中大変だったでしょう?」



二人の会話を聞きながら、私は何となく落ち着けずにいた。


昨夜の話を美津さんにするべきだろうか。

でも、ここで私が何かを言うのは…


朔さんと美津さんの思い出に、土足で踏み込むような事になるような気がして。

若干気が引ける。



(…でも、このままじゃ二人はずっと…)



「あ、あの美津さん」

「こんなに強い風が吹くと…」



意を決して口を開いたものの、それはあっさりと遮られてしまった。

こんな時、自分の優柔不断さが非常に悔やまれる。




「木が煽られて可哀想ね…」



美津さんはそう言いながら辺りの木立を…

いや、朔さんの桜を見つめていた。


その視線に気付いた女将さんがお茶を出しながら「あぁ」と声を上げる。




「あの桜ねぇ、この風はきついかもねぇ…これから雨も降るだろうし…」

「でも…大きな木だし、きっと耐えて…」

「そうは見えてもね、あの桜、もう中身は空っぽらしいですよ」

「え…っ」



がちゃん!


「あ!大丈夫ですか!?」



卓の上で湯飲みが倒れる。

女将さんは慌てて台拭きで拭こうとした。


でも、その手を美津さんがギュッと掴む。



「空…っ空っぽって、どうして…!?」

「ええ!?あ、もうね、何年も花を咲かせて無いんですよ。植木屋の見立てじゃもう中が腐っているんだろうって…」

「そ、んな……」

「今日みたいに風の強い日に倒れて、怪我人が出る前に伐ってしまおうって話になっているんですよ」




美津さんの顔はどんどん青褪めて。

女将さんの袖を掴む、皺々の手が小さく震えていた。




「あの、美津さん…」

「…………」



耐えかねて声を掛けたものの、彼女の耳にはもう届いていないようだ。

美津さんは無言のままふらりと立ち上がると、そのまま旅籠の外へ出て行ってしまった。



「美津さん!送ります、顔色が……」



私は慌てて美津さんを追いかける。

でも…



「だい…大丈夫、ありがとう…」

「で、でも…」

「ちょっと驚いただけ…そうよね、もうあれから数え切れない月日が経っているものね…きっともう…」



美津さんは無理矢理に笑顔を見せた。

でも次第に青褪めた頬に涙が一筋走る。



「……朔…っ」

「……!」



小さく呼ばれた名前が悲しすぎて。

再びよろけながら足を進めた美津さんを、これ以上呼び止める事はできなかった。



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