よっつめ
└二十四
(救えなかっただなんて…)
そんな事、きっとないのに。
そりゃ、混沌とした苦痛から逃れられれば、一番幸せなのかもしれない。
でも、救ってあげたいと差し伸べられた手の温かさが、何よりも"救い"なのだ。
「…美津さんは…」
「…………」
「美津さんはそれでも朔さんに救われたんだと思います」
朔さんは少し濡れた瞳を、力なく私を見つめた。
さっきよりも少し彼の姿が朧気に見える。
こうしていられる体力が無いせいか、それとも彼の心中の表れか…
風に煽られて顔に掛かった長い髪が、涙の筋の様だと思った。
「あの苦しい毎日に耐えられたのは、きっと朔さんと出会えたからだと思います…泣きたいくらいつらい夜に、あなたの存在と笛の音がどんなに支えだったか…」
「………」
「それに…朔さんは美津さんを連れて逃げようとしたんでしょう?苦しみから解放してあげようって……」
ごぉ…っ
「っ!!」
私の言葉を遮るように、強い風が吹いた。
周囲の木々がざわざわと大きく揺れる。
どこかの家で何かが落ちたのだろうか。
カロンッと木桶が転がるような音が響いた。
どこと無く恐怖が込み上げて、私は思わずギュッと目を瞑ってしまう。
「……ふ…っ」
「え…?」
乱れる髪を押さえながらそっと瞼を上げれば。
何とも言えない表情…
まるで泣き出しそうな子供のような、それでいて無理に笑おうとしているような。
そんな表情で朔さんが自嘲気味に笑った。
「…違う…救おうとしたのではない」
「え…っで、でも…」
「違う…違うのだよ…我は…」
ごおごおと音を立てて風が吹き荒ぶ。
川も不穏に唸り声を上げた。
朔さんの後ろで、桜に木がギシギシと軋んだ。
「我は…美津を殺そうとしたのだ」
彼の言葉とほぼ同時。
バキンっと音を立てて、桜の枝がひとつ、折れながら風に巻き上げられていった。
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