ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └二十三



強い風が乾き始めた前髪を揺らす。

ざわざわと木々が騒がしい音を立てていた。


その暗闇の中、あの桜の木も黒い影となって聳えている。




「…やっぱり…!」



そしてその下に、ぼんやりと光る人影を見つけた。

私は一目散に旅籠を飛び出す。


薬売りさんの言葉が脳裏を過ぎったけど…




(ごめんなさい…!!)



でも今行かないとダメな気がした。

今、彼に会わないと…



旅籠から出ると、すぐにビュッと風が吹きぬける。

一瞬怯みそうになったけれど、私は意を決して桜の木の方へ足を進めた。



「あ、あの…!」



緊張で少し上擦った声に、桜の下の青年はゆっくりとこちらを向いた。


強い風が吹いて、彼の長い髪が大きく靡く。

全体的に儚げに見えるのに、キリッとした瞳は強く輝いて。


見事な織の入った白い着物が闇夜に美しく揺れた。




「…朔さん、ですか…?」



私の問いに、彼は小さく笑って答えた。




「…やはり我が見えていたか…もうだいぶ力も弱くなってこうしていられる時間も少なくなったのだが」



―あの夜、桜の木の下で一瞬目が合った時のことだろうか。

朔さんは力なく笑うと、空を見上げた。



「もう、雨風に耐える力すらない…」



そして視線を私に戻すと、首を傾げる。



「不思議な娘だな、そんな娘に会ったのは二度目だ」

「…一人目は美津さん、ですか?」

「…!美津を知っているのか?」



朔さんは目を見開くと、私の両肩を掴んだ。

力の込められた手が、微かに震えてる気がして胸が痛む。



「私…美津さんとは今日初めて知り合いました」

「そうか…美津はまだこの町にいるのか?体調はどうだった?傷など作って無かったか?」

「わ…っ」



私の肩をがくがくと揺らしながら、朔さんは矢継ぎ早に質問をした。

でもすぐにハッとすると、

「…すまん」

そう言って手を離す。



「美津さんは…」



私は口を開きかけて、ふと考えた。


このまま私の口から今の美津さんの事を話していいのだろうか?

あの夜の真相や、いま彼女がこの町に来た理由。


そして彼女の病気のことを…




「あ、あの…朔さんはこの桜の神様ですか…?」


少し悩んで出た言葉はこれだった。

朔さんは目を丸くして首を傾げると、フッと柔らかく微笑む。



「我は…神というより精霊、というべきかもしれぬ」

「そうなんですか…」

「古くからこの町を見てきた…春が来て、我の木の下でたくさんの町民が笑顔で過ごす…そんな風景を何年も何年も見てきた」



長い髪をたなびかせながら、朔さんは続けた。



「花が散って葉の季節になっても、葉が落ち冬になっても…もちろん美津のことも知っていた。いつも何かに怯えて、それなのに本人はまるで夢見る幼子のような顔つきで…いつも見ていたのだ。もちろんあの夜、美津がこの木の下で泣いたときも…」

「朔さん…」

「…本当は我の役割は見守るだけなのだが…声を掛けずにはいられなかった」



強い風の中、朔さんは橋の欄干に凭れるように話す。


今夜の川は轟々と音を立てていて。

闇世の中、それと地面の境目が見えなくて…いい言いようの無い不安に心がざわついた。



「そうか…美津はまだこの町にいるのか…もうつらい思いをしていなければ良いが」

「あ…」

「娘、お前も知っているのだろう?我の命はもう長くない」

「…!」



ザァッと風が木々を揺らす。

朔さんの言葉に、心許なく桜の枝が撓った。



「今はこうして時折姿を見せるのがやっとだ…」

「……だから、花を咲かせられないんですか?」

「あぁ…」



彼は悲しげに目を伏せると、小さく頷いた。



「この町に住む人々に春の息吹を桜で感じて欲しいのに、それももう叶わず…笑顔にすることさえできない」

「そんな……」

「それに……美津でさえ…救えなかった」



消え入るような声の後、欄干にぽつりと静かに一雫落ちる。


朔さんの姿が、少し前の白夜と重なって。

私の胸は爪で引っ掛かれたようにヒリヒリと痛んだ。



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