ひとつめ
└七
「はい、どうぞ」
「……!」
握りたてのおむすびを差し出すと、男の子はパァッと顔を明るくした。
さっきまで泣いていたせいか、まだ鼻の頭が赤い。
私は男の子と縁側に並んで座り、おむすびを頬張る彼を微笑ましく見ていた。
「あはは、ついてる」
そう言って頬に着いたご飯粒を取って、自分の口にぱくりと持って行くと、男の子はまたジッと私を見つめた。
でも、すぐにその瞳は悲しげに俯けられて。
ちょっとだけ鼻を啜りながら、彼はまたおむすびを囓った。
(…もしかして迷子かなぁ)
いくら地元の子だからって、こんな山奥にこんな小さな子一人で来るだろうか?
「…僕、お名前は?」
男の子が最後のおむすびを食べたのを見計らって、尋ねてみる。
すると男の子は、小さく呟いた。
「…とこ」
「え?とこちゃん?」
「うん」
とこちゃんは小さな手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。
どうやら「ごちそうさま」の挨拶のようだ。
そしてぴょんっと縁側から降りると、たたっと走って庭の端に行った。
どうしたのかと見ていると、同じように駆け足で戻ってくるとこちゃんの手に何かが握られている。
「…あげる」
「わ、可愛いお花!もらっていいの」
「うん」
とこちゃんは頷くと、少し照れくさそうにニコッと笑った。
(か…可愛いすぎる……!!)
そしてとこちゃんは、またにじにじと縁側によじ登ると、ちょこんと私の隣に腰掛けた。
あまりの愛らしさに、何をしても笑ってしまう。
私達はしばらく並んで、青空を流れる雲と風に揺れる洗濯物を見ていた。
…そう言えば、もう昼は過ぎているはずだけど、薬売りさんはどうしたのだろうか?
辺りの様子を見てくると言ったものの、まさかおかしなものに遭遇したんじゃないだろうか…
ふと不安が過ぎる。
探しに行こうかと考えついた時、またお坊さまの言葉がちらついた。
(うーん…薬売りさんなら大丈夫と思うけど…)
どうしたものかと首を捻っていると、視線を感じてハッと横を見た。
とこちゃんが不思議そうな顔で目をくりくりさせている。
(…あ!そうだ!)
「ねぇとこちゃん。とこちゃんはこの辺のお家の子?」
「うん、この山におうちある」
「この辺って、怖い人とかたくさんいるの?」
「……っ!」
私の質問に、とこちゃんの瞳が再びじわじわと濡れ出した。
(わ、わ、しまった…!)
そう思った時は、すでに遅く…
じょぉぉ〜…
「あぁ…!?」
「ふえぇぇえん」
とこちゃんは見事にお漏らししてしまったのだった…
「わー!ごめんね、怖かったね」
「うっ、ぐすっ」
「と、とにかく着物乾かさないと…」
とこちゃんの体と着物を綺麗にしようと辺りを見渡せば。
(着物はともかく…井戸水じゃ寒いだろうな…)
私はまたとこちゃんに目線を合わせるようにしゃがむと、彼の頭をよしよしと撫でた。
「…ちょっと早いけどお風呂入っちゃおうか!」
「おふろ??」
「うん、きっとお風呂に入ってる間に着物も乾くよ」
とこちゃんは、ごしっと涙を拭うと嬉しそうに笑う。
私もつられるように笑うと、二人でお風呂場に向かった。
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