ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └六



― 二ノ幕 ―

昨日の雨が嘘のように晴れ渡った空。

山の奥から雉の鳴き声がケンケンと響く。



「んー清々しい!」



私は昨日濡れてしまった着物を洗濯しながら、ぐんっと伸びをした。



この辺りは緑が濃いせいか、心なしか空気が美味しい。

雨粒が朝日に反射してキラキラと輝いていた。



パンっと着物を叩きながら、物干しにかけていく。

薬売りさんの青い着物が、柔らかく揺れた。



目が覚めた後、彼は周囲の探索に行くから、と出掛けていった。

お昼には戻るという言葉に、食事の用意は何にしようかとぼんやり考える。




「……幸せだなぁ」



二人で旅をするようになってから、薬売りさんは驚くほどに優しい。

…いや、優しいというより甘いのだ。


いつもの意地悪や冷たい視線は相変わらずなのだけど。


纏う空気がとんでもなく甘く感じる。

そう思ってしまうのは、自分が好意を寄せているが故の都合の良い解釈だろうか…




「………」



胸の辺りが騒がしくなって、ふとおでこに手を当てた。

まだ昨夜の薬売りさんの唇の感触が残っている気がして、頬が熱くなる。



薬売りさんは私を抱えて眠る。

細く長い指で、私の後ろ髪を撫でながら。


それがあの頃のように子供を宥めるためのそれなのか、それとも違う感情なのか…

こればっかりは薬売りさんに聞いてみないとわからない。



…それを察してこそ大人だと言われたら返す言葉も無いけど。




「……はぁ…」



一緒にいられて、大事にしてもらえて。

それなのに溜息なんて、幸せな悩みなんだろう。





(…幸せ惚け??)



私は悩みつつも緩んでしまいそうな頬を、軽く両手で弾いた。

気合いを入れ直して、心地よい風にはためく着物を見上げた時。





カサカサッ


「?」




近くの茂みが揺れた気がして、びくんと肩が跳ねる。




「く、薬売りさん…?」



そっと呼びかけてみたけれど、返事はない。




"悪いもんはおらんが…あんたはお人好しそうだしなぁ"





昨日のお坊さまの言葉が頭を過ぎる。

悪いものはいないけど、悪戯者はいるって言ってたっけ…




(と、とにかくお寺の中に…!)




茂みの中の正体を確認する前に、私はお寺に逃げ込もうと、数歩後ずさった。

でも判断は一瞬遅く。





ガサッ!!


「っ!!」




茂みを揺らしていたものが、ころりと転がるように飛び出してきた。




「………ん??」



咄嗟に自分を庇うようにかざした手をどけてみれば。




「いたた…ぐすん…」



そこには涙目で座り込む、小さな男の子がいた。


転がった時にぶつけたのだろうか。

今にも泣き出しそうな顔で、頭をさすってる。





(…悪戯者って…子供??)


「あ、あの…僕?」

「!!」



そっと声を掛けたつもりだったけど、男の子はビクーッと飛び跳ねるとぷるぷると震えだした。

そして怯えながら目に涙を一杯ためて私を見る。




「え、えっと…頭ぶつけちゃったの?見せてごらん?」

「……うっ、ぐずっ」




ゆっくり近づいて男の子のそばにしゃがみ込む。


まだ三つか四つくらいだろうか?

ぱっちりしたまん丸な目が涙で揺れている。




「ちょっと見せてね…あ、こぶになっちゃったね」

「ぐすん…」

「よかった、血は出てないみたい」



(薬売りさんが帰ってきたらお薬分けてもらおうかな?)




男の子は涙目ながらも、少し不思議そうな顔で私をジッと見ていた。

その様子が可愛らしくて、思わず頬が緩む。


無意識の内に、頭のこぶの出来ていないところをそっと撫でてしまった。

少し茶色がかった髪の毛が、掌にくすぐったさを伝える。




(ふふっ可愛い…)


「う……」

「え!ごめん、痛かった?」

「う、ぐす…ふぇえええ〜〜ん」



しかし、男の子は途端に泣き出してしまった。

小さな手を必死に伸ばして、私にギュウッとしがみつく。


そして時折、「おっかぁ」と零すのだ。


泣きじゃくる幼い表情が切なくて、ギュウッと握った小さな手がいじらしくて。

私は思わず男の子を抱きしめた。




「大丈夫大丈夫…泣かないんだよ、ね?」

「ぐずっ、ひっく、ふぇ〜ん」



ぽんぽんっと背中をさすると、男の子は嗚咽に混じって、また小さく「おっかぁ」と呟くのだった。



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