ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └二十二



…とは言ったものの。

この天気じゃ自慢の露天風呂ものんびり浸かっている訳にもいかず。



(お、落ち着かなかった…)



カタカタと音を立てる窓辺を気にしつつも、なるべく見ないように視線を逸らす。


でも…

薬売りさんには申し訳ないけど、さっきから頭に浮かんでくるのは朔さんと美津さんのことばかりだ。



私は浴衣の襟元をキュッと摘みながら、畳に座り込んだ。


昼間に聞いた話を思い出せば、まるで自分の事の様に悲しみと怒りが込み上げる。

詳細は違えど、私には少しだけ美津さんの気持ちがわかる気がした。


彼女はお父さんを悲しませたくなくて、自分の現状を受け入れ切れなくて足が止まってしまった。

傍から見れば簡単な事が、できなくなってしまうのだ。



『そんなものに執着せず、さっさと棄ててしまえばよかったんですよ』



かつて薬売りさんが言った言葉を思い出した。


私は家族を失うのが怖かった。

理不尽に心が砕かれても、逃げ出す事すら思いつかなかった。


きっと美津さんもそうだったんだろう。

棄てられなかったのだ、自分の居場所を。




(でも…)


踏み出す一歩を、その勇気をくれたのは朔さんだ。

私が薬売りさんや出会った人たちに救われたように、美津さんに手を差し伸べたのは間違いなくただ一人。


終わりの見えない闇の中で、唯一見えた薄紅の光はどんなに優しかっただろう。

奏でられた笛の音は、どんなに心に沁みただろう。


美津さんにとって、桜の下で過ごす時間だけが"自分でいられる時間"だった。

そこで初めて、自分が自分であることを思い出すのだ。


私が、星のお池で切り取られた空を見上げたあの頃の様に…



「…朔さん、本当に今はいないのかな」



ぽつん、と独り言を零したときだった。



「――っ!!」



体を走るような気配に思わず息を呑む。



(これってきっと…!)



私は確信にも似た予感に思わず立ち上がる。

そして薬売りさんの言いつけもすっかり頭から吹っ飛んでしまい、衝動のまま窓辺に向かった。



22/35

[*前] [次#]

[目次]
[しおりを挟む]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -