よっつめ
└二十
さっきより強くなった風がカタカタと障子を揺らす。
時折雨粒を叩きつけるように吹いて、障子紙がぽつぽつと濡れた。
「今朝のお家のお嬢さん、良くなりました?」
薬売りさんにお茶を入れながら声を掛ける。
部屋についてからも薬売りさんは私を訝しげに見ていて…
話を逸らそうと、無意識に早口になってしまう。
もっとも、彼にはそんな誤魔化しが効く訳も無いのだけれど。
『…あぁ、やっぱりモノノ怪の仕業でしたよ。と言ってもそこらで拾ってきた雑魚でしたが…』
「ざ、雑魚…そうなんですかー。でも良かったですね、解決して!」
『幼子はあの類のものと波長が合いやすいですからね。まぁ良くあることです』
「へぇー……い゛ぃ゛っ!?」
ふっと右側に気配を感じたと同時に、ぎりっと頬に痛みが走る。
背後から抓まれてるせいか、若干顔が傾いた。
「くっ、くふいういひゃん!!いひゃいれふ!!」
『ちょっと何言ってるかよくわかりません』
「いひゃいー!」
『…何か言うことがあるでしょうが』
耳元で不機嫌そうに聞こえる声に、背筋がぞくりと寒くなる。
そして薬売りさんはピンッと弾くように抓んだ指を離す。
私は観念してゆるりと振り返り、深く刻まれた薬売りさんの眉間の皺にしょぼんと肩を落としたのだった。
――………
「…と、言うわけなんです…」
『………』
「あの…言いつけを守らなくてごめんなさい」
美津さんとのやり取りを説明すると、薬売りさんは無表情のまま黙りこくっている。
そして私の入れたお茶を一口ごくりと飲んだ。
『…まぁ…その状況で見過ごせって方が無理でしょうね』
「…美津さん、もうあまり…」
『それが自分でもわかっているから、桜を見に来たんでしょうね』
「桜…もう伐られるって、私、言えませんでした…」
朔さんとの思い出を話す美津さんの横顔…
とても綺麗で、桜の下でのひと時を話している時は、まるで娘時代に戻ったかのように見えた。
でも、そんな彼女の姿を見ている内に言えなくなってしまったのだ。
あの桜はもう何年も咲いていなくて、みんなが近寄ることもない事。
そして、近々伐られてしまう事を。
『…桜が咲かないと言う事は、もうその青年もいない確率が高いんじゃ?』
「え……」
『結だって薄々気付いているんじゃないですか?』
「…う…、はい…朔さんはもしかしたら…」
美津さんの話を聞いて、昨晩見たあの青年を思い出した。
なんだか目が離せなかった、あのぼんやりと光っていた青年…
「たぶん…人、じゃないです。だからって怪の類かはわからないけど、もっと心太くんに近いような…」
"心太くん"とは、扇屋にお世話になっていた頃に出会った男の子だ。
もちろん普通の男の子ではないのだけど…
それでも、ただ一人の女の子に恋をして禁忌を犯してまで彼女を守った優しい男の子だった。
私の言葉に、薬売りさんは納得したようにふむ、と声を漏らす。
『彼は木霊ですからね、結の言うとおり精霊なんかの方が近いでしょうね』
「精霊…」
『古くからある木は精霊が宿りやすいんですよ。そしてそれを神として大切にする人々もいます』
今度は私が納得する番だった。
彼が精霊ならば、あの雰囲気も頷ける。
それに美津さんの話にあった、いつも桜の木の下で逢っていたというのも…
→20/35[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]