ふたりぼっち | ナノ




よっつめ
   └十七



(…荷物が少なくてよかった…)



家事をする合間にこそこそと自分の荷物をまとめる。

幸か不幸か、とことん私に興味が無いようで、姑にも貴臣にも見つかることは無かった。



(後は…お父さんにもらった…)


私は押入れの奥に隠しておいた、父からもらった包みをギュッと胸に抱いた。



「美津…幸せに…幸せにな…」



そう言って、店を仕舞ってまで私を嫁がせてくれた…




「…………」


チリッと胸が痛む。


私がこの家を出て行ったら、父が責められたりしないだろうか?

本当に、私のしている事は胸を張って正しいといえるだろうか…




(…ううん、朔だって言ってた…)



いつだか桜の下で彼が言っていた。



「…父親の気持ちは我にはわからんが、娘が虐げられて暮らす方が親にとっては辛かろう」



私はその言葉を聞いて、すとんと痞えが取れた感覚になった。


きっと、きっとお父さんはわかってくれる。

私は人並みに幸せになりたい。


いつ持病が悪化するかわからない。

もしかしたらすぐに私の命は終わってしまうかもしれない。


もしそうだとしても、私は彼と一緒にいたいのだ。





「おい美津!」



不意に聞こえてきた貴臣の声に、ビクッと体が揺れた。

私は急いで懐に包みを隠すと、すぐに障子が開かれる。



「こんな所で何してるんだ!怠けやがって!」

「す、すみません…っ」

「二、三日物見に出掛けるから俺の用意しとけ」

「わかりました」



きっと一緒に行くのは愛人だろう。

だけどそんな事はどうでもいい。


私は貴臣に気取られるのが怖くて、下げた頭を上げられないままでいた。




「ふんっ」


貴臣はつまらなそうに鼻を鳴らすと、そのまま部屋を後にしようとした。

こっそり安堵の息を漏らしていると、「そう言えば」と言って彼は再び私を見る。



(何か気付かれた…!?)



どくんっどくんっ



背中を嫌な汗がつーっと走った。

貴臣はニヤッと厭らしい笑みを浮かべると、私を見下ろしながら続ける。



「言い忘れてたわ、お前の親父」

「え?父が何か…?」



予想外の言葉に、ハッと顔を上げる。

すると貴臣の顔はさらに歪んだ。




「死んだんだってな、数週間前に」

「―――――っ!!」




どくんっっ!!





ぐにゃりと視界が揺れる。

キーンっと耳鳴りが私を襲った。


心臓を鷲掴みされたような息苦しさに、思わず正座がくずれる。




「あ…っそ、そんな…!なんで…」

「あぁ、忘れてた」

「…っはぁ…!う…っ」



掠れていく意識で、思い切り貴臣を睨みつけた。

自分の頬を流れていくのが涙なのか汗なのかわからない。



「ふん、生意気な態度とりやがって。どうせ葬式も出してやれないんだから教える必要もないだろ?」

「あ、なたって人は…っはぁっなんて非道い…!」

「うるせぇ!貧乏人の役立たずのくせに!」

「はぁはぁっ…うぅ……っ」



何ということだ。

私がこんな事をしている間に、父は一人で寂しく死んでいったのか。





「美津…幸せに…幸せにな…」




「お…父さ……」



掻き毟りたくなるような胸の苦しさと、どうしようもない悲しみが押し寄せて。

目の前で口元を歪める貴臣がぐらぐらと揺れて見える。


でも、この男と私とどちらが非道いんだろう。



きっと、罪の重さはそう大差ない。




(…朔……)



そして私の意識は、暗闇の底へと落ちていった。

四ノ幕に続く

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