第四章
└七
「頼りない兄でごめんなさいね」
市子さんはクスクスと笑う。
(本当に可愛らしいなぁ…)
まるで鈴の鳴るような声。
キュッと唇の端を上げて笑う顔は、本当にお人形が動いているようだった。
でも…
決してその顔色は良いわけではなく…。
「あの…具合は、どうですか?」
「うん…今日は落ち着いてる…それより、ふふ、敬語なんてやめて?」
「あ…うん。藤次さんって本当に市子さんを大事にしてるんだね」
「……そう、ね」
「……?」
市子さんは、少しだけ笑うと俯いてしまった。
「あー…えっとこの部屋暗くない?少し障子を開けたほうが…」
「開けないで!!」
「!!」
立ち上がろうとした私を市子さんが慌てて止める。
「…あ…ご、ごめ…」
驚いて目を丸くする私を、市子さんが気まずそうに見た。
「ごめんなさい…大きな声を…」
「ううん…」
市子さんは俯きながら少し悲しそうに笑った。
「このくらいの方が落ち着くの。でも、気に掛けてくれてありがとう」
「そうなんだ…」
そうは言っても…
この部屋はすごく暗くて、部屋の端まで良く見えない。
太陽の光が入らないせいか、少し肌寒いくらいだ。
(でも…本人がそう言うなら…)
「そういえば、今日のお祭り、結さんも行ったのでしょう?」
「あ、うん、少しだけだけど…」
「わぁ…!いいなぁ!ねぇ、どんなだった?」
パァッと瞳を輝かせて彼女は身を乗り出した。
「こら、市子」
「あ、兄様…」
振り返ると、藤次さんが笑いながらこちらを見ていた。
「そんなに興奮するとまた発作が出るだろう?」
「だって…兄様はずるいわ、市子もお祭りに行きたかったのに」
「ずるいって…僕だって遊びに行ったんじゃないんだぞ?」
「でも…雰囲気だけだって楽しみたいじゃない?ね、結さん?」
二人のやり取りに思わず笑いがこぼれる。
「あはは、本当に仲がいいんですね」
私が言うと、二人は照れたように似た笑顔を浮かべる。
「あぁ、ほら市子。少しはしゃぎすぎじゃないか?横になりなさい」
「えぇ、もう少し結さんとお話した…コホンッコホンッ」
「あぁ、言わんこっちゃ無い…!ほら、肩も冷えてきているじゃないか」
藤次さんは部屋に入ると、市子さんの羽織をそっと直した。
「………」
何だかその様子は、兄妹と言うよりまるで恋人のようで…
私はついつい二人に見入ってしまった。
「さぁ、結さんお茶が入りましたからどうぞ」
「あ、はい」
立ち上がった藤次さんが居間の方に私を促した。
私がもう一度市子さんのほうに視線を戻すと、彼女は横たわったままおどける様に肩を竦める。
「もう…心配性なの、兄様ったら」
「ふふっ大事にされてる証拠だよ」
そう言うと、市子さんは目を細めて
「そうね」
と、呟いた。
「心配って…強く思ってないと出来ないわよね…」
「…………」
市子さんの言葉で、私は薬売りさんを思い浮かべた。
(…心配してる、かな)
結局黙ってここまで来てしまったわけだし。
(先にどこかへ消えてしまったのは…薬売りさんだけど)
「…結さん」
「あ、ごめん、何?」
「またお話しましょうね」
「うん、もちろん!」
市子さんは、なぜか泣きそうな顔で笑った。
「市子さん?」
「きっと兄様、待っているわ。行ってあげてくれる?」
「う、うん…じゃあお大事に…」
部屋を出て、障子を閉じる瞬間。
「…ごめんね…」
彼女の声がしたような気がして振り返ったけど、苦しそうな咳を繰り返す市子さんに聞き返すことはできなかった。
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