ひとりじょうず | ナノ




第四章
   └六



部屋の中はたくさんのお人形が並んでいて、少し異様な雰囲気すら醸し出していた。

でも、それ以上に…




「……っ」


嗅いだ事の無い匂いに、私は思わず息を詰めた。



「あぁ、ごめんね。少し匂いが…人形を作るときにどうしても特殊なものを使ったりするから…」

「あ!いえ!ごめんなさい…!」



困ったように笑う藤次さん。

私は自分の失礼さを心底恥じた。




「たくさんあるんですね」



ふと、部屋を見渡せば愛らしいお人形が所狭しと並んでいる。




「あぁ、まぁ…趣味がそのまま仕事になったようなもんだから」

「へぇ…素敵ですね!」




私の言葉に、藤次さんは照れくさそうに頭を掻いた。




「さ、お茶くらい用意するよ。どうぞ?」

「いえ、そんな…」



部屋に促す藤次さんに向かって軽く手を振る。




「ははは、こんな家だけど遠慮なく。それに…市子(いちこ)…あぁ、妹に会ってやってくれないかな?」

「妹さんに…?」

「……さっきお話したように、いま病に臥せっていてね。同じ年頃の女の子と交流が無いんだ」

「そうなんですか…」



藤次さんはふと、奥の部屋に視線を向ける。




「せめて少しでも外に出られたら…話し相手くらいは見つかるんだろうけどね…」

「藤次さん…」



優しい目元が寂しげに細められた。




「こんな事、君にお願いするのは図々しいとわかっているんだけど…今日だけ!今日だけでいいんだ、少しだけ市子の話し相手になってくれないかな?」



私は藤次さんの必死な様子に、胸打たれてしまった。




「…藤次さんは優しいお兄さんなんですね」


そう言って笑い返すと、藤次さんの瞳が揺れた気がした。




「…そんな…僕は優しくなんか…」

「え…?」




コホンッ



コホッコホッ





藤次さんの背後の部屋から小さな咳が聞こえる。

私がそちらに目を向けると、藤次さんは柔らかく笑いながらその部屋を指差した。




「市子の部屋なんだ。…あ、病といってもうつるようなものじゃないから…」

「…はい、じゃあ少しお邪魔しますね」

「……!あ、ありがとう…!!」



藤次さんは嬉しそうに笑うと、私を奥の部屋に促した。




「市子、ただいま。開けてもいいかい?」



部屋の障子に向かって藤次さんが問いかける。





「…兄様、どうぞ」



部屋の中から、か細い声が聞こえた。




ゆっくりと開けられる障子。

私はドキドキしながら、藤次さんの背後から中を伺った。




「市子、こちらは結さん。今日のお祭りから帰るときにお手伝いしてくれたんだ」

「まぁ…兄様、女の子にお手伝いさせるなんて…」

「ははは…情けない…」



ほのぼのした会話を交わしながら、藤次さんは私を部屋の中に誘った。





「は、初めまして、結です」




少し薄暗い部屋の中。

そこには一組の布団が敷いてあり、一人の女の子が体を起こしていた。




(う…わ…)





女の子…市子さんは、まるでお人形のように可愛らしい女の子だった。





透き通るような真っ白な肌。

まるで黒曜石のような大きな瞳に、小さな口。




「結さん?初めまして、市子です」



少し血色の悪い唇をキュッと上げて市子さんが微笑む。

その可憐さに思わず言葉を失ってしまった。




「…お人形さんみたい…」



不意に口を吐いて出た言葉に、藤次さんが一瞬息を呑んだ気がした。




(…ん?)


私が彼のほうを振り返ると、目を丸くして私を凝視している。





「と、藤次…さん?」


私の声にハッとした藤次さんは、嬉しそうに目を細めると




「…良かったな、市子!じゃあお茶の用意をしてくるから…どうぞ部屋の中に入って」

「あ…はい…お構いなく」





何だろう。


少し何かが引っかかる。



(藤次さん…あんな顔してどうしたんだろう…)





「結さん、良かったら傍まで来て?」

「あ、はい!」




私の頭で絡まった違和感は、市子さんの声にかき消された。



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