第四章
└二
「わぁ!薬売りさん!あれ見てください!」
『…はぁ…』
出掛ける前の憂いもどこへやら…
私はお祭りの浮かれた雰囲気にすっかり飲まれて、賑やかな世界にはしゃぎまくっていた。
『結、少し落ち着きなさい』
「は、はい…あぁ!すごい綺麗!!」
『…………』
薬売りさんがもう何度目かの溜息を吐く。
でも…こんな風にはしゃいでいないと、緊張に押しつぶされてしまいそうで。
とてもじゃないけど、薬売りさんの隣にいられそうにないんだもん。
「ねぇ、薬売りさん!あれって何です…きゃあ!」
浮かれすぎていたのだろうか。
私は思い切り下駄で蹴躓いてしまった。
(……っ!)
やがて来るだろう衝撃に身構えていると…
(あ、あれ?)
『…まったく…何をしているんです』
呆れた声と共に体勢を戻された。
「あ…」
薬売りさんは私の体を抱きかかえたまま、冷ややかに私を見下ろしていた。
「あ、ありがとうございます!」
私は必要以上に勢い良く彼から離れると、ごまかすように薄ら笑いを浮かべた。
(うぅ…心臓が…!)
恥ずかしさのせいなのか、それとも庇ってくれたのが嬉しいのか…私の胸は容赦なく激しく脈打つ。
『だから言ったでしょう、落ち着きなさいと』
「は、はい…」
『そこらの子供より動きが幼いですよ』
「ご尤もです…」
『まったく…せっかく綺麗なんですから、少しは大人しくしてなさい』
「は……えっ!」
薬売りさんの言葉に、一気に頬に熱が集まる。
(綺麗…!?いま、もしかして褒めて…)
『何です?綺麗じゃないですか、浴衣』
「………ですよねー…」
がっくりと項垂れる私を薬売りさんは鼻で笑った。
うん、わかってた。
わかってたんですけどね。
(やっぱり浴衣なんか着たら嘘でも褒められたいじゃない…)
私は不貞腐れたように溜息を吐いた。
『…ほら』
「へ?」
不意に掛けられた声に顔を上げると、薬売りさんが私に手を差し出していた。
『目で追うより行動範囲を制限したほうが楽なんですよ』
「は、はぁ…」
手を…繋いでくれるって、事…かな?
私は躊躇いながらも、差し出された薬売りさんの手に自分の手を重ねようとした。
「やめてください…!」
「…っ!」
急に飛び込んできた女の人の声に、私はハッとしてその動きを止める。
声のした方を見やると、路地裏で女の人が数人の男の人に囲まれているようだった。
「…ど、どうしたんでしょう」
思わず薬売りさんの顔を見上げると、薬売りさんはつまらなそうに肩を竦めると
『さぁ?』
軽く首を傾げた。
「さ、さぁって!きっと絡まれているんですよ!助けないと!」
『あ、こら待ちなさい』
私は薬売りさんの声より一足早く、裏路地に向かって走り出していた。
お祭りの賑わいで周囲の人はその状況に気づいていないようだった。
「あ、あの!!」
私の声に、男の人たちが振り返る。
(う……っ)
見るからに柄の悪そうな男の人たちは、ニヤニヤしながら私を見た。
「何だぁ?お嬢ちゃん」
「あ、あの…!何してるんですか、嫌がっているでしょう!?」
男の人たちの後ろで、今にも泣き出しそうな女の人が悲痛な声で助けを求める。
「た、助けて…!」
「大丈夫ですか!?ほら!嫌がってるじゃない!」
震える膝を押さえるように、私は仁王立ちして男の人たちを睨んだ。
「大人の事情に首を突っ込むのは感心しねぇなぁ」
「それともなんだい、お嬢ちゃんが代わりに相手してくれるのかい?」
男の人たちが品定めするように私を足元から舐めるように見る。
「…っ!!」
厭らしい視線に、私は唇を噛んだ。
「よぉし!まとめて面倒見てやるよ!ほらこっちに来い!」
「や…っ」
一人の男の人が私に手を伸ばした。
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