ひとりじょうず | ナノ




第一章
   └四



― 二ノ幕 ―

「薬売りさん、どこまで行くんですか?」




賑わう町――。



通りの両脇には、活気づいた様々な商店が立ち並んでいる。



甘い香り漂う甘味処や、色とりどりの簪や櫛。

骨董屋もあれば、反物屋、軒先で水で冷やした野菜を売ってる店。





「すごい…栄えてる町なんだなー…」




この町に来て以来、こうして出歩くのは初めてだ。


私は弾む心を抑えられずに、きょろきょろと辺りを見回した。




「あ、ちょ…薬売りさん待って…!」




でも薬売りさんはどこに寄り道する訳でもなく、黙々と歩いていく。





「………」




薬売りさんに連れられて歩くという事は、決して浮かれた遊びではない。




"仕事"をしにいくのだ。






(わかってる…わかってるんだけど…)




初めて見て回る、色とりどりの世界にどうしても浮き足立ってしまう。


薬売りさんの背中を見失わないように、気をつけながらも町の様子をチラチラと見ていると、一瞬キラリと何かが光った気がした。





「ん…?」




光の元をたどると、綺麗な簪が目に入った。





「わ…ぁ…」





綺麗な紅玉の飾りの付いた、可愛らしい簪。


ついつい見入って足を止めてしまう。





「お嬢さん、お目が高いですねぇ」



店の奥から声が聞こえた。


目を向けると、にこにこと笑いながら一人の男の人が近づいてくる。






(店主さんかな?)



「綺麗な簪でしょう?お嬢さんにとてもよく似合いそうだ」




そう言って彼は簪を手に取った。





すらりと背が高く、切れ長の目…




(…なんだか役者さんみたい)





思わずジッと見つめる私に、男の人が優しく微笑んだ。




「私はここの店主の小太郎(こたろう)と申します。」




そう言って、次に私の自己紹介を促すように小首をかしげる。




「あ、私は…むぐっ!」




彼に答えようとすると急に口を押さえられ、後ろに引っ張られた。





(わ、や、転ぶ…っ!)




足がもつれて、尻餅を覚悟してギュッと目を閉じた瞬間…







とんっ



(あ…)





どうやら後ろから抱き留められ、転ばずに済んだようだ。


そっと後ろを伺うと、薬売りさんが憮然とした表情で小太郎さんの方を睨んでいた。





「………」




私の口を押さえたままの薬売りさんは、スッと目を細めて小太郎さんの手にしている簪を一瞥する。






『…これは見事な簪で』



にっこりと笑う薬売りさんに応えるように、小太郎さんも微笑んだ。



私はと言うと…





「………んーーー」




い、息苦しい…



(薬売りさん、離して…)




でも薬売りさんは笑顔を崩さないまま、小太郎さんと世間話を続けている。




「んんーーー!!!」



限界が近くなった私が大きく唸ると、さも今気付きましたと言わんばかりに薬売りさんが私を見た。





『おや、どうしたんですか?』



薬売りさんの口元が意地悪く歪む。




「んん!」



涙目で訴える私を見て、その口元は再び不機嫌そうに閉じられた。





「おやおや、そんな意地悪なさらずに!苦しそうではないですか」




小太郎さんが慌てたように、口を押さえる薬売りさんの手に触れようと一歩前に出た。






「…!」



薬売りさんはその手から逃れるように、スッとよけるとやっと私の口を解放してくれた。





「ぷはっ…げほっげほっ」



あまりの苦しさにむせていると、間髪入れず薬売りさんが私の顎を持ち上げた。





『…全く何をしているんです。町中で目を離したらはぐれるに決まっているでしょう』

「ご、ごめんなさい……」




冷ややかな眼差しに居たたまれなくて、目を逸らそうにも薬売りさんの顔が間近に迫っていて逃げ場がない。





(こ…怖い…!)




心なしか薬売りさんの爪が食い込んでいるような…





『今度はぐれたら、外出の時は首に縄をつけますよ』

「い、いた…っはい…っ!」





気のせいじゃない…食い込んでるよ、爪…






「可哀相に…そのくらいで勘弁してやったらいかがです?」

「こ、小太郎さ…」





心配そうに間に入ろうとする小太郎さん。


薬売りさんは



『…ちっ』



(え、舌打ち!?今、舌打ちした!?)




明らかに不服そうに私から手を離した。



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