第一章
└三
「薬売りさんって、いったいどんな所で商売しているんだい?」
女将さんが膳を出しながら、薬売りさんに問いかけた。
『まぁ…いろいろですよ。屋敷に行く事もあれば道端で済む事もありますからね』
器用に魚の骨を外しながら、薬売りさんが答える。
「へぇ、あんたの商売も大変だねぇ」
薬売りさんは女将さんの言葉に、にっこりと微笑む。
女将さんは面食らったように頬を赤くすると、
「さぁ!私はそろそろ部屋の掃除に取りかかろうかね!」
そう言いながらバタバタと奥へ消えていった。
「………」
女将さんだけじゃない。
薬売りさんはこれで中々モテるらしい。
彼の微笑みで、ころりと落ちてしまう女性達も少なくはないのだ。
(まぁ…確かに…)
綺麗な顔をしているし…立ち振る舞いも美しい。
妙な格好を差し引いても余るくらいだろう。
それに…
(きっと、優しい)
私を
記憶をなくした私を、ここまで連れてきてくれたのは彼だ。
全くの見ず知らずの私を、この宿まで運び世話をしてくれた。
(…普通しないよね、そんな事…)
表情があまり変わらないから、判りづらいけど。
(…きっと、優しい)
『何です?ジッと見て』
「え、う、わぁ!」
ぼんやりとしている私の目の前に、薬売りさんの綺麗な顔があった。
「い、いつの間に…いたっ!」
ぺしんっと音を立てて、薬売りさんが私のおでこを叩く。
(や、やっぱり意地悪かも!!)
『ぼーっとしてないで仕度しなさい。今日は結も一緒に行きますよ』
「え……ほ、本当ですか!?」
『えぇ、だから早く仕度なさい』
「やったーーーーー!!!」
はしゃぐ私を尻目に、薬売りさんはさっさと立ち上がって部屋に戻っていく。
私は久々の外出が嬉しくて嬉しくて、少しだけ振り向いた薬売りさんが微笑んでいる事にちっとも気づかないままでいた。
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