第一章
└二
「おはようございます、起きてますか?」
襖に向かって問いかけ。
「あのー…薬売りさん?」
返事のない襖をそろりと開ける。
廊下の突き当たりにある部屋は、窓から日の光が良くはいり、心地良い日だまりを作っていた。
「あ、あれ?」
私は人の気配がしない部屋をきょろきょろと見回した。
一歩、部屋に踏み入れたとき…
『…起きてますよ』
「ひやあぁぁっぁぁ!」
耳元で低い声がして私は飛び上がった。
ばくばくと脈打つ心臓を押さえながら、声の主の方をそっと見やる。
「く、薬売りさん…!驚かせないで下さい!」
そこにはまだ寝起きのような、ぼんやりした目の薬売りさんが立っていた。
『驚いたのは私の方です。よくまぁ、朝からそんな大きい声を…』
耳を塞ぎながら呆れたように溜め息をつく。
(お、驚かしたのは薬売りさんのくせに…)
納得のいかない私は、キッと薬売りさんを睨んだが、まだ浴衣姿の彼は気怠そうに欠伸をひとつした後、しれっとした顔で私を見下ろしていた。
「もう朝餉の時間、とっくに過ぎてますよ!早くしないと片付かなくて女将さんが大変じゃないですか」
ふいっと視線を外しながら言うと、頬に冷たい物が触れる。
「わ…」
薬売りさんは私の頬に手を添え、自分の方を向かせると、すっと顔を近づけてきた。
「え?ええ?」
な、何!?
戸惑う私を尻目に、薬売りさんの爪が何かをつまんだ。
そしてそのまま指を自分の口元に運ぶ。
『米。ついてましたよ』
指先をペロリと舐めながら、薬売りさんが口の端をあげた。
「もー…ありがとうございます…からかっている暇があったらご飯食べちゃって下さいよ」
薬売りさんのいつものいたずら顔に、私も呆れたように溜め息をついた。
『…………』
「…なんですか?」
『…別に』
「……?」
薬売りさんは白けた表情をして私から目をそらすと、おもむろに浴衣の帯を解き始めた。
「わ、ちょ、急に脱がないで下さい!」
『だったらいつまでも見てないで下さい』
「ししし失礼しました!!!」
ぱしんっ
私は後ろ手に襖を閉じた。
襖の向こうからクスクスと笑い声が聞こえる。
(〜〜〜〜〜っ!!もうっ!!)
いつもこうして私をからかうんだから!
本当に意地が悪い!
私はドスドスと大げさに音を立てて、女将さん達の元に戻った。
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