第三章
└十七
その頃の加世……――
「ふぅ…」
流れていく景色を見ながら、加世は小さく息を吐いた。
そしてぼんやりと昨夜の出来事を思い出す。
――……
酔いつぶれて寝てしまった加世は、夜中にふと目を覚ました。
「…んん?」
自分に掛けられた布団に気づいて、この部屋の主を探す。
「薬売りさん…?」
月明かりぐらいしか便りのない部屋を見渡すと、窓辺に座る薬売りを見つけた。
「ごめんなさい!私、飲みすぎちゃったみたい…あれ、結ちゃんはまだ?」
しかし加世の声に返事はない。
「薬売りさ……」
加世はハッとして言葉を途切れさせた。
『……………』
無言のまま、外を見つめる薬売り。
その表情は、加世が知っているものではなくて。
普段はどちらかというと飄々として人を射抜くようなその瞳は虚ろで、悲痛な雰囲気すら漂っていた。
『…あんな目を』
「え…?」
『あんな空虚な目は、久々に見ました』
…結のことだろうか。
薬売りは、両手で口元を覆うような仕草をした。
『…初めて会った時に見た瞳と同じだった…』
そう呟くと、目を閉じて細く長く息を吐く。
「…………」
『あんな顔を…させるためにそばに置いている訳じゃ…』
加世はそっと立ち上がると、そのまま襖に手を掛けた。
部屋を出る間際、薬売りを振り返る。
薬売りは、加世の様子に気づかないまま、再び外をぼんやりと眺めている。
きっと、その目に映るのは彼女しかいないのだろう。
「………おやすみなさい」
加世は少しだけ苦笑うと、静かに襖を閉めた。
……――
(あーんな表情されちゃあね…)
加世は困ったような悲しいような、複雑な表情を浮かべた。
「引くしかないじゃない…?」
「んー?嬢ちゃん、何か言ったかい?」
隣に座っていた老人が、加世に向かって問いかける。
加世はニカっと笑うと、その老人に向き合った。
「私ってなんていい女なんだろうって言ったのよ!もう!おじいちゃんったら地獄耳なんだからー!」
ばしっ
「うっ!ごほ!!ごほごほっ!!!」
「やだ、おじいちゃんごめん!大丈夫!?」
賑やかな声を乗せて、船はゆっくりと町を離れていった。
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