第三章
└十六
加世さんに連れられて、川沿いを歩く。
「……………」
昨日までの元気な加世さんとは打って変わって、加世さんは何も話さない。
(ど、どうしよう…)
本当は聞きたい事がたくさんある。
薬売りさんとはどんな風に出会ったんですか?
どんな思い出があるんですか?
加世さんは…薬売りさんのことを…
「…ついた!」
急に加世さんが立ち止まった。
「え…ここ…」
辿り着いた先は町で唯一の船着場だった。
慌てて加世さんを見ると、その手には扇屋に来たときに持っていた荷物がある。
「結ちゃん、ごめん!」
「え、か、加世さん!?」
加世さんは地面にめり込むんじゃないかってくらいの勢いで頭を下げる。
「私、昨日飲み過ぎちゃって…!本当に本当にごめんなさい!」
「あ、あの私こそ、急に部屋を出たりして…ごめんなさい」
「ううん、それって私のせいだもの。懐かしくなってつい調子に乗っちゃった」
「そんな…」
私達はお互いに何度も頭を下げて、ごめんなさいを繰り返した。
「ぷ…っ何だかこれじゃキリないね」
加世さんが困ったような表情で笑った。
「ふふっ、そうですね」
お互い顔を見合すと、私達は声を上げて笑う。
一頻り笑うと、加世さんは目尻に溜めた涙を拭いながら、息を吐いた。
「私ね、今日、次の町に行く事にしたの」
そう言って、手にしている荷物を軽く揺らした。
「え、でももう一日、扇屋に泊まるんじゃ…」
「うん、その予定だったんだけどね。ほらぁ、昨日の失態もあるし…」
加世さんは罰が悪そうに眉を下げた。
「でも、薬売りさんには…」
「あぁ、さっき結ちゃんの所に行く前に伝えたし、もちろん謝ったわよー?あ、そうそう女将さんにもね!随分迷惑かけちゃったみたいだから…」
「加世さん……」
そして加世さんは、そっと私の耳元に口を寄せた。
「それに、これ以上お邪魔するのも…ね?」
加世さんのからかう様な視線に、私の頬は一気に熱くなる。
「そ、そんな…!」
「いいのいいの!私、もうわかっちゃってるんだから、結ちゃんの気持ち!」
「でも、加世さんだって…」
私の言葉に、加世さんはきょとんとした表情を浮かべる。
「え、私ー!?やだ違うわよー!そりゃぁ、薬売りさんって結構いい男だし?昔、モノノ怪から助けてもらったこともあるけどぉ…それだけよ?」
そう言って加世さんは笑い飛ばした。
「それに…昨日の薬売りさん…」
「昨日の薬売りさん?」
私の問いかけに、加世さんは少し口を噤んだ後、少しだけ眉を下げて笑った。
「まぁ…後は二人で思う存分仲良くして!」
「ええぇぇ!?」
「あ、いけない!そろそろ出発だ!」
船着場から船頭さんの声が聞こえる。
この町から出るには山側より川を下ったほうが早いせいか、小さい船着場ながらもそれなりに繁盛していて、すでに船にはそこそこの人が乗り込んでいた。
「じゃあ行くね!本当にごめんね、結ちゃん」
「いえ、私こそ…気をつけて行って下さいね」
加世さんは可愛らしい笑顔を浮かべると、手を振りながら叫んだ。
「今度会うときは、人妻になってるからねー!いい男捕まえて、一端の奥方になってみせるんだからー!」
「あははっ期待してますー!」
遠ざかっていく加世さんの姿を見ながら私も叫び返した。
加世さんは船に乗り込むと、再び私の方に向き直る。
「薬売りさんとお幸せにねー!」
「か、加世さん…!」
真っ赤になる私に太陽のような笑顔を見せたまま、加世さんの乗った船は川を下っていった。
(…でも…きっと加世さんは薬売りさんのことを…)
私は加世さんの乗った船が見えなくなるまで、ずっと川べりで見送っていた。
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