ひとりじょうず | ナノ




第三章
   └十四




「わ、弥勒くん!?」



薬売りが手を離すと同時に襖が開き、山盛りのおにぎりを抱えた結が顔を出した。



「……結」


弥勒はヒリヒリする顎をさすりながら、へらっと笑った。




『………』



わいわい言いながらおにぎりを食べている二人を、薬売りは横目で見やった。





―自分が思う以上に、結の身に起きた事件は悲劇なのかも知れない…





あの日、赤い景色の中にいた結。

呆然と何処を見ているかもわからない瞳で、震えていた。


異様な状況と常人ならば倒れてしまいそうな禍々しさの中、ただ、結だけが穏やかだった様に思う。






「一緒に来なさい」





そう差し延べた自分の手を、微塵の迷いもなく取った。

そして、少しだけ笑った…






「薬売りさんは食べないんですか?おにぎり」



結の声に、我に返る。




「早くしないと弥勒くんに全部食べられ…あぁぁあ!!!」

「ん?」

「弥勒くん、もう食べちゃったの!?」

「ごちそーさん!」

『……………』





呆れた様に息を吐くと、薬売りは結に目をやった。

弥勒と話しながら笑う結。





"忘れてたほうがいいんだ、あんな事…"






弥勒の言葉の真意を量りかねながらも、ふと思う。





(それでも…良いのかも知れない)




結がこのまま笑顔でいられるなら…



でも。




『…そう、上手くいきますか、ね』

「え?」





薬売りの呟きに結が振り返った。

薬売りは何も答えずに結の顔を見る。




―この娘が…


結が何も恐れずに笑っているのが、自分にとって重要になり始めてる。



…そう自覚せざるを得ない。





「薬売りさん?」

『……結』




きょとんと首を傾げる結に、そっと手を伸ばす。

頬を撫でられた結は驚きを隠せないまま、カァッと赤くなった。



指に伝わる柔らかさと温もりに、薬売りは目を細めた。





「薬売りさ……いたぁっ!!!!」

『…結、おにぎりの追加を』

「ひゃ、ひゃいっ」




頬をつねられた結が涙目で頷く。





「あぁ!!やっぱりいじめてる!」



二人の様子に気づいた弥勒が結を引きはがした。





『…ちっ』

「まったく…結、やっぱりこいつと一緒にいるのやめた方がいいぞ!?」

「え、いや…」

『…ふん、バカ烏が』

「てめぇ!!!!いま何て言った!?」




(…これはこれで…仲がいい、のかも??)



結は二人のやり取りを見て、ふっと笑うと再びおにぎりを作るべく、台所に向かった。

終幕へ続く


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