ひとりじょうず | ナノ




第三章
   └十三



弥勒は訝しげに眉を顰めて薬売りを見た。



「…お前、案外嘘が下手だな」


薬売りは一瞬、頬をぴくりと歪ませ弥勒を睨んだ。




「結は騙せても俺は無理だぞ」

『ふん…烏のくせに生意気な』



鼻で笑いながら弥勒に挑発的な視線を投げる。




『…もっとも、お前はそこらの烏とは違うだろう』




今度は弥勒の眉がぴくっと動いた。




『さっきから、感情的になるたびに瞳の色が変わっている』

「……っ」

『…八咫烏の力を授かったか』

「お前には関係ない…っ」




弥勒は薬売りから目をそらした。





「俺の事は…今は話す気は無い」




薬売りはそれ以上の追求をせず、つまらなそうに息を吐いた。




「さっきの話。本当は何の目的で結を連れてきた?」

『…答える必要はあるか?』

「…この…っ!」



弥勒の瞳が一瞬金色に染まる。




「ふざけるな!目的もなく連れ去ったのか!そんなわけ無いだろう!」




興奮した弥勒を、面倒そうに一瞥する薬売り。




『…落ち着け』

「答えろ!」



薬売りは舌打ちすると、身を翻した。






「ぐ…っ」



次の瞬間、弥勒の首は薬売りに締め上げられていた。




(こ、いつ…速…っ)




弥勒は苦悶の表情を見せながらも薬売りを睨みつける。




『威勢がいいのは結構だが…人の話を聞くくらいの余裕を持て』

「…っが…!」




どさっ



「…っ!!」




そのまま畳に叩きつけられた弥勒は、肩で息をしながら咳き込んだ。

薬売りは気怠そうに首をならすと、倒れ込む弥勒の傍にしゃがむ。




「いって…!」



ぐいっと持ち上げられた弥勒の顎に、薬売りの爪が刺さる。

薬売りは、ふんっと鼻で笑うと静かに話し出した。




『…結を連れてきた理由は』



一瞬、薬売りの纏う空気が変わった気がして弥勒は息を飲む。




『…あの惨状に結を置いておくのが、嫌だったからだ』

「あ……」

『お前も見ていただろう?あの赤く染まる景色の中、結が正気を取り戻したときにどうなると思う』

「…………」




(結の…為に…)





弥勒は反抗するように掴んでいた、薬売りの腕から手をどけた。




「…結が記憶を失っているのは、本当か?」




弥勒の力ない問いかけに、薬売りは黙って頷く。




「それなら…思い出させないで欲しい…あんなの、忘れている方が良いんだ…」

『それは…結が決める事だ。失ったものを取り戻すのもそのまま手放すのも、俺達が決める事じゃない』




薬売りの返答に、弥勒は唇を噛んだ。




『それから…』

「いぃぃっ!?」

『今度はお前に答えてもらおうか』

「いって!爪!爪!」




再び薬売りの長い爪が弥勒の顎に食い込んでいく。

睨むように見上げるも、薬売りは表情一つ変わらない。





『あの日…何があった?』



一瞬、弥勒は目を見開いた。




(…見てなかった?って事はこいつ、本当に…)



「…教えない」

『………は?』

「今は教えない…!」




薬売りは眉間に皺を寄せて、弥勒の顎を掴む手に力を入れようとした。



…が。




『…………』





弥勒の目が、あまりに必死で。

一歩間違えれば涙すらこぼしそうで…




『…ちっ』



薬売りはその手を離した。



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