ひとりじょうず | ナノ




番外章(六)
   └十一



そして次の日…


「ほら、ベニ、急ぎなよ」

「う、うん」



俺とビャクは、元来た道を走っていた。

と言っても、ビャクは俺の背中に乗っているだけだったけど。


ビャクは鼻歌交じりに流れる景色を見ているみたいだ。

俺は正直、足取りが重かった。



「…しかしまぁよくこんな遠くまで一人で来たね」

「うーん…むちゅうだったから…」



本当は今でも、長老の声が耳にこびり付いて離れない。

仲間が笑う声が、耳の奥で響くんだ。


それでもやっぱり一人で逃げているのと、ビャクが一緒なのは全く違って。



(みよ……)



じわじわと沁み込んだような恐怖を拭うように、俺は走る速度を上げた。




「ははっ!気持ちいいー!」

「もう、べろかんでもしらないからね」

「大丈夫だよ!………結も乗せてあげたい」

「え?」

「…何でもないよ」



俺はビャクの言葉に首を傾げながら、また速度を上げる。


不安もいっぱいだけど、怖さも無い訳じゃないけど…

今はただみよが無事だって事を確かめなきゃ。


みよのためにも、俺のためにも…


逃げた事への後ろめたさを、どうにか肯定したいだけかもしれない。

狗神と人間の関係に理由がほしいだけかもしれない。


でも今確かめなきゃ、きっと俺は本当の弱虫になってしまうから。




「休憩しなくて大丈夫?」

「だいじょーぶ!もっととばす!」

「えー、バテないでね?」



ビャクはちょっとだけ満足そうに笑った。


逃げて来たときよりも少しだけ心に余裕がある。

俺は走りながら周りの景色を見渡した。


山を越えて海を越えて…

自分がいかに遠くまで来たのか、ようやくわかった。



そして走り続けて、空が橙に染まる頃。


それは段々と見慣れた景色へと変わってきた。

と、同時に俺の心臓はどくんっと跳ねる。




「…もうすぐ…」

「うん?」

「もうすぐつく…なかまのにおいがする」

「仲間…?」



不思議そうなビャクの声を聞きながら、俺はゆっくりと地面に降りた。


草の匂いが懐かしい…

でも、同時にギュウッと心臓を掴まれたような気分になる。




「あ…このへん……」



身を隠すように草を掻き分けながら、ゆっくりと進んだ。

草むらの隙間から覗くと、そこには狗神憑きの家がある。



(…すこしこげくさい…)



あの篝火が家屋にも燃え移ったのだろうか。

それでも家の大半を残しているところを見ると、すぐに鎮火したのだとわかる。


無意識にホッと息を吐くと、ビャクはひょいっと俺の背中から降りた。




「…ここが、みよって子の家?」

「う、うん…」



ビャクは少し背伸びして家の方を覗くと、よし、と小さく呟く。



「ベニ、君はここで待ってて」

「えっ!?」

「様子見てくるから。君じゃ目立ちすぎるんだよ」

「そ、そうか…」



ニッと口角を上げると、ビャクは軽々と飛び上がって狗神憑きの家に向かった。



「あ、まっ…」




"俺が行く"

そう言いたかったけど。



「やめてぇぇえええっ!!」

「だ、だめ…っ止めてください…っこの子だけは…っ」


「お願いします…っ代わりに…代わりに私が喰われますから…っ」





「………っ」



あの夜のみよの母親の怯えた顔、震えた声。

俺の姿を見たら、きっとまた…



―パキンッ

「!?」



背後で枝が折れる音がして、ビクンッと体が跳ねた。




(こ、このにおい……)



俺と、同じ匂い。



「あれぇ?こんなとこに弱虫がいるぞ?」

「本当だ、弱虫の落ちこぼれじゃないか」



ゾクリと背筋を寒気が走った。



「あ……」



振り返るといつものニヤニヤ顔を浮かべた仲間が二頭いて。



「おい、お前、あの日どこに逃げたんだ?」

「噛めませ〜んキャイ〜ン!ってな!」

「あはははは!!だっせー!!」



厭らしい笑顔を浮かべながらこちらに近付いてくる。




「………っ」



何か。

何か言い返さなきゃ。


あいつらに向かって行かなきゃ。


…それなのに。

俺の脚は地面にへばり付いたかの様に動けない。




(でも……)



このままじゃ本当に逃げた弱虫だ。

ただの弱虫な、狗神の落ちこぼれだ。



「お、おま…おまえたちは…おかしいとおもわないのか?」



やっと搾り出した声は、震えて裏返った。

俺はごくりと唾を飲むと、キッと奴等の方を睨んだ。



「いぬがみだからって、あんなふうにこどもをかんで…あんなふうにして…」



…足の震えが止まらない。

気を抜いたら、腰が抜けてしまいそうだ。




「いくらけいやくだからって…いぬがみとにんげんがこんなかんけいだなんて…」



だって、俺は今、仲間の存在を…自分の存在を。




「とみをもたらすためってなんだよ!!おかしいじゃないか!こんなの…こんなのだれもしあわせになんてならないじゃないか!!!」




狗神と狗神憑きの存在全てを、根っこから否定しているんだから




静まり返った周囲に風が渡る。

さわさわと音を立てて草木が揺れた。




「……ぷっ」

「……え」

「ぶはははは!!あーはははははっ!!」



沈黙を破ったのは冷ややかな笑い声だった。



「聞いたかよ!幸せだってさ!」

「ひゃーはははは!馬鹿じゃねーの!?」



二頭の仲間は身悶えしながら笑い転げている。

俺は冷や水を掛けられた様に、呆然とそれを見ていた。



「…いいか?人間がどうして俺達と契約をしているか…お前それの意味わかってないだろう?」

「え…そ、それは…嫌われる代わりに富を得るため…」

「バァカ!そんなの表向きだろ?もっと根本の話だよ」



馬鹿にした奴等の表情に、再び背中を寒いものが走った。




「人間はな、俺達を遣って気に食わない奴を呪うんだよ」

「狗神憑きは呪術だからな。御先狐や蠱術と何ら変わりないさ」

「自分の恨みを晴らすために俺達を利用するんだ…幸せだ?ハッ!!そんなもの当の人間がすでに忘れてるじゃないか!」



仲間は低く唸りながら俺に牙を見せる。

涎がぬらりと光った。



「人を嫉んで怨んで!周りに厄災を振りまいて、自分の身を地獄に堕としてまで同じ人間を呪う事を選んだのは人間自身だ!!幼子から光を奪って子孫の未来を奪って、それでも己の富だけを願った結果が俺たち狗神だ!」



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