ひとりじょうず | ナノ




番外章(六)
   └十



「…………」

「…………」



妙な沈黙が続く。


そう言えば、この鬼はどうして俺を助けてくれるようなことをするんだろう?

鬼といえば、狗神だって避けて通りたくなるくらいの恐ろしさだ。




(ま、まさか…おれ、くわれるんじゃ…)



ぞぞーっと寒気が背中を走った。



「…君さ、本当に狗神?」

「えっ!?」

「何でこんな東の土地にいるのさ?狗神の本地はもっと西のはずじゃない?」

「あ……」

「それに、単体で行動している狗神なんて、そうそう聞いたこと無いけど」



俺の目をジッと見つめながら、探るように鬼の赤い瞳が光る。

どう説明していいのかわからずに、俺はギュッと口を結んでしまった。




「……干し肉もあるよ?」

「っ!!い、いらない…!!」

「……………」

「おれはそんなものにつられたりなんか……」

「…よだれ、すごいよ?」




俺と白い鬼は、並んで座りながらぽつぽつと話し始める。

…干し肉を齧りながら。


今まであった出来事を上手に伝えるには、俺の言葉は拙くて。

でも、少しでも詳細を話しておかないと、きっとこんな話この先誰にも出来ないかもしれない。



狗神と人間の契約をいつまでも理解できない落ちこぼれだってこと。


仲良くなったみよのこと。



…そのみよを噛むことが出来なくて、こうして我武者羅に逃げてきたこと。





「…ふぅん」

「…………」



白い鬼は手元で弄っていた草をポイッと投げた。

俺はその反応がどういう意味なのかわからなくて、顔を上げられない。




「…行こうか」

「え?」

「君の故郷」

「えぇ!?」



驚く俺を、白い鬼は訝しげに見つめている。



「気にならないの?」



更に不思議そうな顔で鬼は首を傾げた。




「き、きになるって…」

「その女の子だよ」

「っ!!」



みよのことを言われて、思わず耳がピコンと反応する。



「…狗神憑きって事は、狗神との契約を交わしてる訳だよね」

「う、うん…」

「君が憑けなかったその女の子は自分を失わない代わりに…富栄える恩恵も失った、違う?」

「―っ!!」



…図星だった。

ずっと走りながら思ってた。


狗神憑きから離れてしまったみよは、これからどうなるんだろう?


一族に一人子供が生まれると、俺たちも自然と増えていた。

きっとそれは、最初から憑く人間が決まっていたと言うことで…


俺の場合はみよ。



じゃあ、俺が逃げたらみよは…?


みよは、この先どうやってあの一族の中で生きていくんだろう。






ぎゅっ



「む?」



ぎゅううううううっっ



「いひゃい!!」




考え込む俺の頬を、鬼はみょーーんと引き伸ばした。




「うだうだうだうだ五月蝿いな!」

「ほぇ……」

「君がもうその子に会えなくてもいいなら構わないんだけどさ!僕には端から関係ないんだし!でも…」


(え…??)





両手を広げて俺の頬を伸ばす鬼の瞳が、ちょっとだけ悲しそうに揺らいだような…




「ある日…急に会えなくなる事だってあるんだから…人間なんて…」

「……………」




さっきまでキラキラとしていた赤い瞳は伏せられて。

何だか胸が痛くなった。




「あ、あの…あしたでも、いい…?」

「え?」

「きょうは、もうはしれないから…あしたおれといっしょにいって…くれる?」



白い鬼の言葉が、何を意味しているのかわからなかったけど。

もしかしたら、誰かに会えなくなっちゃって、悲しい思いをしているのかもしれない。


そう考えたら段々と勇気が出てきて。




「こんなふうに…にげていてもなにもわからないとおもうから」

「…………」

「みよがあのあとどうなったのか…おれ、ちゃんとしりたい!」



鬼はしばらく俺の顔をジッと見ると、その表情を崩した。

そして嬉しそうに引っ張っていた手を離すと、今度はぐりぐりと頬を撫でる。




「わかった!あはは、君ふわふわだな」

「ちょ、やめてよー、うぶっ」

「あははは!犬ぶっちゃって!」




そして一頻り俺を撫で回すと、鼻先を撫でながらにっこり笑った。




「僕の名前は白夜」

「びゃくや…」

「君の名前は?」

「え、おれ?おれ…なまえなんて…なかまたちといっしょにいたころからないよ」




そう言えば、そんなこと考えたことも無かったな。

俺たちは"狗神"で、ただそれだけだったから。


白夜は「ふぅん」と呟くと、まじまじと俺を見た。




「あげるよ」

「へ?」

「僕が君に名前をあげる」



きょとんとする俺を、白夜はスッと撫でた。




「さっき、ここに落ちた君はまるで流れ星みたいだった…だから、そうだな」

「………」

「今日から君は"紅星"。君の綺麗な紅の毛並みにぴったりだ」

「……!!べにぼし…」




俺は今まで味わったことがない、わくわくした気持ちでいっぱいだった。

みよに名前があるように、俺にも名前が出来たんだ!



「ありがとうびゃくや!」

「え、ちょ、うわあっ!!」



うれしくて飛びつくと、白夜は後ろに吹っ飛んだ。



「加減しなよ!ベニ!!」

「え?べにぼしじゃないの?」

「だって長いじゃん」

「えー……」



―これが、俺とビャクとの出会いだったんだ。



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