ひとりじょうず | ナノ




第二章
   └六




「ちょ、薬売りさん…!?」



一気に体温が上がる気がして、私はその手から逃れようともがいた……が。

薬売りさんは離してくれる訳もなく。





『…男の匂いがする』




そう呟くと、つまらなそうに私の手をぽいっと投げた。




「お、男の匂い!?」

『私が仕事に行ってる間、誰かに会ってましたね?』




冷ややかな視線が刺すように注がれる。

その間も顎に添えられた指にどんどん力が込められていく。




「く、薬売りさん、爪…!痛…」

『言いなさい』




容赦ない視線と爪が私を静かに責め立てる。





「あ、あの…」




"くれぐれもおかしなものに近づかないように"





出かける前に薬売りさんが言った言葉が、再び頭を過ぎった。




(お、怒るかな?)





そもそも心太くんが…木霊はモノノ怪に該当するんだろうか?

その辺も薬売りさんに聞いてみたいんだけど…




木霊に会って、恋の相談をされたんですけど。




(…って、どう考えてもおかしいよね)


「あー…あのー……」




でも、薬売りさんの方が恋の何たるかは私より詳しいのではないだろうか…

私より大人なんだろうし。





(何歳かわからないけど…)




恋のひとつやふたつ、いや、みっつやよっつしてきただろう。




(薬売りさんが、恋…)



「……………」





なんだろう、何だかもやもやする…。





『結、何を変な顔をしているんです』

「あ、いえ……」



薬売りさんはより一層不機嫌な顔をすると、視線を私の胸元に落とした。





『…結が答えないなら"こっち"に聞きますか』




リリンッ



「あ、天秤さん!」




いつの間にか懐に逃げ込んでた天秤さんが、身を縮めるように鈴を震わせた。




(やばい、このままじゃ天秤さんが薬売りさんに…!!)





普通に考えれば、薬売りさんが天秤さんに拷問する訳でもなし…

何もそんなに慌てることはなかったんだろうけど、如何せん"普通"なんて程遠いこの状況。




「あ、あのですね…!………あれ?」




意を決してすべてを話そうとした時。





「薬売りさん、首、どうしたんですか?」




私は薬売りさんの白い首筋に、赤い傷のような痣のようなものを見つけた。




『首……?』

「はい、もしかして今日の"仕事"の時に?」

『…っ!』




薬売りさんは一瞬目を見開いたあと、ものすごい速さで首筋に手をあてた。




「!?」




まるで隠すようにあてられた手。

そして見たことのない、薬売りさんの一瞬の慌てた表情。




(…言っちゃいけない事だった…?)


「あ、あのー…薬売りさん?」




呼びかける私をチラッと見ると、薬売りさんはすっくと立ち上がる。




『…とにかく。あまりおかしなことをするんじゃありません。わかりましたね?』




そう言うと足早に部屋を出て行こうとした。




「薬売りさん!どこに行くんですか?怪我の手当ては…」

『風呂ですよ。一緒に来ますか?』

「いっ、行きませんよ!!」




ふっといつもの意地悪な笑みを浮かべると、薬売りさんは襖を閉めてお風呂へと向かった。





パタンと音を立てて襖が閉まった後。

急に部屋に静寂が訪れる。





「………あ、危なかったー」



張り詰めてた空気が一気に緩んだ。




リン…


「あ、天秤さん…」





懐から滑るように出てきた天秤さんが、畳の上でゆらゆら揺れる。




「…やっぱり、言わないほうがいいよね…?」




おかしなものに近づくなと釘を刺されているのに、木霊と仲良くなっただなんて。





「…薬売りさん怒るよねぇ」




チリン…




私の溜息に煽られるように、天秤さんは力なくパタリと倒れた。


三ノ幕に続く


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