ひとりじょうず | ナノ




最終章
   └二十八



ゆったりと、でも確実に怒りを露わにする薬売りさん。

一歩一歩近づくごとに、周りの空気が凍てついて行く。


まるで蛇に睨まれた蛙の様に、私の体は動かなくなってしまった…




「さぁて、僕はもう行こうかな」

「え!?」

「このまま結を抱いてると殺されそうだし」



この状況からさっさと逃げようということらしい。

何ということか。



「え、ちょ、びゃく…!」

「ベニ!おいで!!」

「うん!!!」



白夜は私の事をまるっと無視して、ベニちゃんに向かって手招きする。

ずっとそわそわしていただろうベニちゃんは、飛び上がってこちらに駆けて来た。




「結!結!!」

「ベニちゃ…ぶっ、ちょ、うわ…!!」

「ベニ!結が吹っ飛んじゃってるじゃないか!」



ほぼ突進とも言っていい勢いで、ベニちゃんが私に飛びつく。

ベニちゃんは尻尾をぶんぶん振って私に擦り寄った。



「ベニちゃん…白夜とは…」



よろけながらも、私は心に引っ掛かってる事をそっとベニちゃんに尋ねた。

ベニちゃんは更に私に鼻を寄せると、

「だいじょーぶ!おれ、ずっとビャクといっしょにいるの」

そう言って私の頬を舐める。



「そっか……よかった!」



ちょっとだけ心配だったけど…

彼らには彼らの間でちゃんと時間が流れているんだ。


私は嬉しくて、ギュウッとベニちゃんのふわふわな体を抱きしめた。





「結、せっかくあえたのに、ざんねん」

「ベニちゃん…私もまた会えて嬉しかったよ!」

「でも、これでおわりじゃないでしょ?」

「え…」




狗神と呼ぶにはあまりに優しい瞳を、くりくりさせながらベニちゃんが私を見た。




「おれたち、またあえるでしょ?」

「で、でも…」



これから自分がどこへ向かうかは、まだ詳しく決めていない。

私が自力で白夜とベニちゃんに再会するには、きっと故郷に帰るしかない。


かと言ってまた彼等に私を探させるのはいかがなものか…



「えっと…」



口篭っている私を見兼ねたのか、白夜がぽんっと頭を撫でた。




「ベニ!時間切れ!」

「じかんぎれ???」

「早く逃げないと殺されるよ」



白夜が言ったとほぼ同時。




「…っ!!!!」



私の背中を寒気が走った。




『……何をしてるんです』

「…………っ」

『なーにーをーしーてーいーるーのーかーとーきーいーてーいーるーんーでーすーよ』




耳元すぐ近くで、涼やかでそれでいて迫力ある声が響く。

背後から不機嫌な空気がびしばしと伝わってきていた。




「薬売りさんたら怖ーい」

「こわーい」



私達の様子を見て、白夜とベニちゃんがふざけて囃し立てる。

すかさず薬売りさんがいつものように舌打ちをした。



「あ、そうだ、結」

「へ??」



未だ固まって動けない私に、白夜が何かを差し出した。




「あ……」



彼が翳したのは、あの洞穴で見た刀。

文字の書かれた布で縛られた…



「お父さんの…刀…」



呟く私に白夜は無言で頷いた。




「元々は結のための…お父さんが結のために遺してくれた刀だ。鞘には君宛の手紙のようなものもある」

「手紙…?お父さんからの?」

「うん…僕にも何が書かれているかよくわからないけど…」


(お父さん……)




―自分の命が終わるその瞬間まで、私のことを考えてくれていたのだろうか。




"君の未来が神様に愛されて、彩りあるものでありますように"



私は、きっと、とってもとっても…

父に愛されていたんだ。




「…お父さん…」

「…………」



泣くのを堪えて目を瞑った私に、白夜が父の刀を握らせようとした。

でも、私はその手を翻して彼の方に押しやる。




「…白夜が持ってて」

「え…でもこれはお父さんの形見…」

「いいの、白夜の持っていて欲しいの」



私は両手を重ねて胸にあてた。




「お父さんの心も、思い出も…全部全部、ここにあるから私はいいの」

「結…」

「だから、迷惑でなければこれからも白夜に持っていて欲しい」




落ち着いた声で私がお願いすると、白夜はフッと目元を緩めた。

そしてわざと恭しく、

「…仰せのままに」

と答えて、刀を脇に差したのだった。



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