ひとりじょうず | ナノ




最終章
   └二十二



行燈を消した部屋は、月明かりが微かに差し込むだけだ。

静かな空間に、私と薬売りさんの息遣いだけが響く。


私は仰向けで眺めていた天井から目を離し、薬売りさんの方へ寝返りを打った。




「…薬売りさん?」

『……もう寝ましたよ』



そっと名前を呼んでみれば、衝立の向こうからくぐもった声が返って来る。

私は小さく笑って「起きてるじゃないですか」と呟いた。




「あの…今夜は衝立をどかしても…いいですか?」

『…げっほ!』



私の問い掛けに答える事無く、薬売りさんはしばらくむせていた。




「だ、大丈夫ですか…?」

『…………』



咳払いをした後、衣擦れの音が響く。

どうしたのだろうと眺めていると、目の前の衝立がフッとどかされた。


部屋の端に衝立をどかした薬売りさんが静かに布団に戻ってくる。

再び横になると、こちらを向いてジッと私を見ていた。




「…………」

『…………』



痛いほどの沈黙の中、私達は無言で見つめ合う。

この部屋の暗さでは、お互いの表情まではわからない。


でも、何となく。

何となく薬売りさんの顔だけははっきり見えている気がした。




『何です、急に甘ったれて』

「……そんな気分なんです。ついでに…」



私は彼の顔を見つめたまま、布団から手を出した。

布団の中で温まっていた手に、夜の空気がひやりと触れる。



「ついでに…手をつないで寝てください」

『…………』




自分で言ってて、恥ずかしくて仕方ない。

でも薬売りさんは仕方ないと言ったように小さく笑うと、そのまま私の手を取った。


畳の上で、薬売りさんの冷たい手と私の手が結ばれた。

薬売りさんは指で弄ぶように私の手を指で撫でる。




『…相変わらず子供体温ですね』

「もう…子供じゃないですってば…」



いつもの憎まれ口を言いながらも、時折見せる安堵とも取れる表情。

それを見て私の胸はきゅんっと鳴った。




「…薬売りさん?」

『………何です?』

「薬売りさん…私…」




―溢れ出しそうな想いをどう伝えたらいいんだろう。

この気持ちを、あなたに伝えるにはどんな言葉がいいんだろう。





「…私、薬売りさんに出逢えて良かったです」

『……結…』





あの赤い朝。

白い無の世界。


ただ一点の青……


その色彩に、どれだけ私は幸せをもらえたか。




「あの日、薬売りさんに出逢えて…良かった…」




薬売りさんは何も言わずに、握った手に力を込めた。

私の体温と薬売りさんの体温がじんわりと混ざり合う。





『……眠りなさい、もう何も考えなくて…いいですから』


(あ……)



暗い部屋の中でもはっきりとわかる。




(薬売りさんが…笑ってる…)



私は微笑んで頷くと、顔を隠すように布団に埋めた。


目尻から流れる涙を、薬売りさんに見られたくなかったから。

今はただ、薬売りさんの手の感触だけを感じていたかったから……

終幕に続く

22/35

[*前] [次#]

[目次]
[しおりを挟む]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -