最終章
└十
…冷や水を掛けられた気分だった。
理不尽だと、理解できないと心で叫んでいても、どこか頭の隅は冷静で。
これを我慢すれば、家族でいられる。
お父さんやおばあちゃんの望んでいた、家族…
『…さっさと棄ててしまえばよかったんですよ』
「…………」
『"家族"なんてものに執着していないで。とっとと逃げてしまえば良かったんです』
「……でも…お父さんが…」
いつの間にかぼろぼろと涙があふれていた。
薬売りさんは、柄にもなく優しい眼差しで私の涙を拭う。
『…父が望んでいたのは"宝物"が壊れていくさまだったのですか?』
「……っ」
『父が見守りたかったのは…その瞳に映る"彩りある未来"でしょう』
「う…っく、うぅ…っ」
"結は僕の宝物だから"
"僕の大切な宝物…君の未来が、神々に愛され彩りあるものでありますように…"
(―お父さん…!)
薬売りさんは黙って頬を撫でると、そのまま涙を流す私の目尻に唇を寄せた。
そして私の頭を抱え込むと自分の肩口に押しつける。
ぽんぽんっと私の頭を撫でながら、
『馬鹿な子ですね、本当に…』
と小さく笑った。
『…家族の犠牲になったり、私を庇って傷を作ったり…』
「ひっく…うっ」
『本当に馬鹿で…仕方の無い子です』
私の髪に顔を寄せながら、言い聞かせるように彼はゆっくりと話す。
『…そういった数々の"思い"や"執念"が重なり合って、そして捩れてしまった…』
「…う……」
『それがあの夜の真相です』
薬売りさんの声が優しく耳元に響く。
自分でも知らなかった事情に、私はしばし言葉を出すことが出来ない。
(…でも…っ!)
私はキュッと唇を噛んだ。
「わ、私…っ違うんです!」
『…違う?』
私の体を離しながら、薬売りさんが覗き込むように尋ねる。
「薬売りさんは、記憶のない私の事、真っ白で無垢だって…!でも、本当の私はそんなんじゃないじゃないですか…!」
自分の記憶を取り戻してから、本当はずっと怖かった。
自分自身の存在が、かつて彼が言ってくれた自分とあまりに違って。
がっかりされて、軽蔑されるんじゃないかって…
白夜の言うとおり、私は自分本位だ。
→10/35[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]